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一蹴

揉めに揉めたが、結局特殊技官として召抱えられることになった。特殊技官というのは、まあ、その、雑用係みたいなものである。なんにせよ、戦闘時に使ってもらえるらしい。給料も出ることには出るが、雀の涙のようなものだ。


「それで、闘技大会での優勝ですか?なんだか条件が厳しいと思うのですが」

「まあ、仕方がなかろう?我が家に突然取り立てるには、お前の出自が困ったものなのでな」

それを言われるとぐうの音も出ない。ただ美しいだけで受け入れてくれるポルヴォルなどは奇跡のようなものだ。


「冬の間、お前には礼儀作法を仕込もうと思ってな。基本的なところはできているが、貴族の常識には疎いだろう?テーブルマナーもだ。しっかりみっちり叩き込んでやるから、覚悟をしておけよ?」

「お手柔らかにお願いします」


そんなことをしてくれるわけがなかった。


おはようからおやすみまで貴族とは後ろに誰かが控えており、ゆっくりと思索にふける間も無く儀礼用の剣術指導、テーブルマナー、茶会、ダンス、それから一般常識と貴族の名簿を叩き込まれ、夢の中では二又フォークとナイフがスプーンとワルツを踊りながら迫ってきてティーカップに轢かれ、最後にポルヴォルが教本で押しつぶしてくるのだ。嫌になる。


ダンスは毎度毎度生演奏なので非常に申し訳ない気分になる。ティーレと呼ばれる、大型の竪琴のようなものを爪弾く金髪の女性はそれだけで絵になる見た目であり、それに合わせて影のように弓のような楽器を弾く男がいる。彼の楽器はフィッツェ、フュシュフィ語で弓という意味を持っており、実際に弓から作られたらしい。剣や弓というものの形はあまり変わらないが、短弓ではなく長弓の方が一般的なようだ。

それを用いた楽器だが、非常に美しく洗練された見目に改造されている。


弓に当てるのは引き掛け(クィンチ)と呼ばれる補助具であり、それを当てることによって綺麗な滑らかな音がする。澄んでいるがどこか哀愁漂う音で、すっかり気に入ってしまった。ニーへでも基礎は習うことができるようなので、習ってみようかと思えた。


テーブルマナーは前世となかなか共通しているところがあるがいくつか重要なポイントでかなりの違いがあった。まず、匙やフォークは料理に合わせて自分で並べてあるものから選ぶらしい。食べたことがない料理であれば主催者の使うものを見るのが最も良いそうだが、先に食べねばならないタイミングがあるのでどれを使えばいいかは自己判断しなければならないらしい。

それからフォーク、これは二叉が主流のようで、大きいものは使用人が大きな肉を切り分けるのに使うらしい。手元に供されるフォークはかなり小さめであり、私が楽々使える程度だ。ナイフに関してだが、かなり刃先を丸くしたものが多い。これは暗殺に使われないように、ということでこういうものが盛んだそうだが、使用人は不便だからと尖ったものを使っているという。本末転倒ではないか。


一般常識はありがたかったが、貴族名簿に関しては、同じ名前がいくつあるのだろうかと思うほど長ったらしいものが多かったが、長い名前は人間に限ったことらしい。ゴギ、という名前を見たとき私がどれほど安堵したことか。しかしながら、その横に並んでいる肖像画のギギという人物とはまるで見分けがつかなかった。砂漠に住むジャ族なのだが、彼らは角がいくつもある蛇のような頭と尻尾をしている蜥蜴人間だ。最もこの世界には蜥蜴というものは存在しないのだが。


一番辛い時間だったのが、儀礼用の剣を習っているときだろうか。綺麗に見える剣術、魅せる剣術。まるで約束された手を打つような、こう打たれたらこう返す、というものである。決まり切った30手を終わらせた後は一度離れ、もう一度最初から同じことを繰り返す。きっと私はこの間、死んだ目になっていたことだろう。

それではどうやって決着をつけるのか。まず初めに密約を結ぶ。決まった手の時に外れた動きをし、それで決着をつける。真剣に決着をつけたい場合は、どうするか。


そんなもん心底の殴り合いである。もちろん公開などされない。


本当に、意味のない剣術だ。まるで実践的なところのない、おもちゃじみた剣。見え見えの剣筋は上段に大きく振りかぶって溜めを作ってから振り下ろされる。胴に一発、きつい蹴りでも喰らわせてやりたい気分になる。げんなりしながら決まり切った様式に合わせて同じように振り被り、ジャストミートで合わせる。火花が派手に散って、さらに私の心に影を落とし込んだような気がした。


寝る前のわずかな時間で振る剣が慰みとなっていて、さすがにまずいなあ、と思ったりもした。


無論、一ヶ月などというものはすぐに過ぎ去っていき、闘技大会の日も間近に迫ってきた。飛び入り参加はできないようで、事前にトーナメントで戦うことが決まっているらしい。一日で大会は行われ棄権は認められていないため、過去には満身創痍同士の戦いがあったこともあるようだ。


「一日に試合を行うからな。かなり厳しい日程になる、頑張れよ」

「はい、必ずや優勝して見せます」


ちなみにポルヴォルがすでに部下にしている人間は出場させることができないが、それ以外ならば問題ないらしい。つまり、取り立てる約束だけならば、まるで問題ないようだ。

「優勝できなかったら書記官として取り立てるから、そのつもりでいろ」


一言余計なのだが、まあ、ポルヴォルのことだ。仕方があるまい、と私は自らの剣を手にとった。よく持ち手が馴染んでいて、心地よい。いや、むしろ手がこちらの剣になじんだのだろうか。

どちらでもいいか、とヒュオッ、と剣を振り下ろす。人と戦うのは初めてだ。ならば、剣としてではなく杖として戦うのが一番いいか。

緒戦の相手は普通の人間だ。どちらかといえば、手加減が必要になる相手でもある。コロシアムは普段屋外観劇の場としても使われるようで、ポルヴォルのそばには楽隊が控えている。すり鉢状の中心の舞台には赤い石畳が丸く作られており、そこだけがよく浮き上がって見える。


銅鑼がボオオオォオン、と鳴らされると、ざわめいていた会場が一気に静まり返る。ポルヴォルが声を大きく張った。


「春の訪れだ、諸君!今年もまた、勇敢な戦士が集まったことを嬉しく思う!」

あの調子では長く喋ることもできないのだろう、彼はぐっと突き出した拳を握りしめ、それから叫ぶように言い放った。

「血湧き肉躍る戦いを魅せてくれ!!」

魅せろ、ときたか、と私は少し嘆息する。圧倒的で何があったかわからないくらいの戦いもいいが、長引かせて観客を沸かせてくれ、というお望みもあるらしい。わああっと沸き立った観衆をもう一度銅鑼で黙らせて、審判と思われる人間が一組目の名前を読み上げた。


一番初めの組が戦いを終えるのをじっと待っていると、背後から声をかけられた。

「おいおい、貴族の坊ちゃんがこんなところにいちゃあまずいだろうが。ええ?」

「貴族の坊ちゃんに見えますか?それは申し訳ないことをしました」

にこりと笑って、それから杖で地面をカン、と叩いた。声をかけてきた人間の男は少しだけ目を見張る。


「……おい、まさか」

「改めまして、よろしくお願いします。ハイル・クェンです、あなたがイスアリオさんですよね」

相手が目を剥いてまさかこんなガキと、と呟いているが、そのガキはイスアリオと同じ戦士であるということを知っておいて欲しい。まあ、舐めてかかってくる分には非常に、そう、非常にありがたい。何しろ決勝戦を勝ち抜いて優勝することがポルヴォルのお達しなのだから、まあ、手を抜かせてくれるなら存分にだ。


序盤はさっくりとぶちのめしても構わないだろう。


「はぁ……プラスティアーゾの闘技大会も落ちたもんだな。前は子供の遊び場じゃあなかったがね?」

「そうですね。なかなか酔狂な方の推薦を受けまして、出ることになったんです」

「それじゃあ推薦したやつはきっと途方もない馬鹿だ。頭が良さそうで、顔の綺麗なあんたに箔をつけるためにこの大会に出したんだろうが、この大会では危険が認められないんだぞ?こんな子供を出すなんて、どうかしている」

怪我や病気に気をつける年頃なんだぞ、とぷりぷり怒っている。なんだ、ただのいい人じゃないか、と私は思ったが、先に戦っていた人たちが終わったらしい。大歓声が上がった。


「本気でやることをお勧めしますね」

「ほざけ。手加減してやるから、早めに投降しろよ」


筋肉の塊のような大男だ。しかし、まるで恐ろしいとは思えない。

「イスアリオさん。言っておきますが、これでも私ーー十五歳です」

「抜かせ」

信じた方が自分の身のためだと思うのだが。


「それでは次の試合に移る!白の天使ハイル・クェン、そして剛剣のイスアリオ!」

なんだ白の天使って、というツッコミを思い浮かべながらも微笑んだまま会場に出て行く。わあああ、という歓声だが、それは次第に戸惑いのざわめきに変わっていく。


「それみろ。お前、こんな場に出てくるなんてのは実に場違いなんだよ」

「そうですか?」


にっこりと微笑んで見せれば、近くから見ていた人がどよめいた。やはりこの顔、面倒ごとを呼び込みそうだ。ポルヴォルを見上げてみれば、見せつけてやれ、というジェスチャーをしてきた。どうも、自分の推薦した人間が舐められているのがたまらないらしい。


「ほら、先に一撃は譲ってやるよ。打ち込んでこい」

「おや。いいんですか?」

「ああ。こんなガキ相手に本気になったと思われちゃあ、立つ瀬がねえんだよ」

「そうですか」


それでは、お言葉に甘えてしまおう。私の体重は軽いが、それでも膂力がある。上と下から挟まれる状況が最も力を出せるのだが、生憎私の武器は軽量極まりない。広い会場でざわつく皆を尻目に、私は背中の剣を鞘ごと手にとった。

「少々失礼?」

イメージはそう難しいものではない。イスアリオの斜め前に立ち、野球と呼ばれるスポーツで、球を打つ姿勢を取った。がんばれ少年、という声が聞こえたが、頑張るのはイスアリオの方である。苦笑いしながらトントン、と鞘の先で地面を叩いた。ベースの位置を確認するバッターの如く、慎重に当てる場所を見極める。

「防御は、しっかりお願いしますね」

彼が不機嫌な顔で防御をとったことを確認すると、私はすうっと息を吸い込んだ。ざり、と土をしっかり踏みしめて、身体中に力を巡らせる。かちり、と歯がぶつかって音を立てたのを合図に、勢いよく剣を振り抜いた。


ぶぉん、という風を切り裂いた音が生まれた瞬間、イスアリオの体は宙に浮いて吹っ飛んだ。完全に力を乗せ切ったフルスイングで、その二つ名の由来になった大きな剣は真ん中から折れ砕けながら破片を撒き散らした。鎧を着た大男が吹き飛ばされるという非現実的な光景に、民衆は声を止めていた。

「……ふぅ」

振り抜いた姿勢からザク、と土に剣を突き立てる。本当に、歪みもしなければ刃こぼれも起こさないこの剣には助けられている。

吹っ飛ばされたイスアリオは衝撃を受けたようで、地面に転がって起き上がれないままだ。審判が近寄ってきて、その状態を軽く調べると両手を大きくふった。


「イスアリオ、気絶!よって、勝者ハイル!」


静まりかえった会場から、徐々に拍手が流れ出す。ポルヴォルを見上げると、満面の笑みを浮かべている。どうやら派手好きにはお気に召したらしい。しかし、踏ん張っていなかったのが裏目に出たようだ。かなり軽く吹っ飛んでいった。どこも折れていなければいいのだがと思いながら控えの場所に戻っていく。


試合を見ていたらしい人が私をギョッとした目で見てから大袈裟に避けていく。まあ、致し方ないことかと背中に剣を戻して、すぐに彼らから目を逸らす。


ふと、見知った顔があったような気がして一度目をそちらにやったが、そこには誰もいなかった。気のせいか、と次の試合の相手を知るために係員に声をかける。


「こんにちは、次の私の相手を知りたいのですけど」

「ああ、ハイル・クェンだね。やたらめったら綺麗な顔をした小さい子だって聞いてるよ。はい、次の対戦相手」

「ありがとうございます」

手渡された紙片には、パルヴォという名前があった。

「荊棘のパルヴォ。女性でねえ、女だてらにすごい鞭使いなんだ。この大会には二度目かな?前々回は準優勝でねえ」

「すごい方なんですね」

「おっと、噂をすれば。あの人だよ」


すらりとした女性で、その体にはいくつもの鋭い傷痕が刻まれている。腕にきつく巻きつけてあるのは長く鋭い刺にまみれた鞭だが、普通に食い込んでいる。血がぼたぼたと垂れているが、彼女は気にした様子がないように朗らかに係員に声をかけた。

「こんにちは。私の次の対戦相手は?」

「あ、ああ……」

異様な見た目だが、彼女はどうやら正気らしい。しかも、顔も雰囲気も全てが柔和でひどく優しげだ。そんな彼女が一体どうしてこんな所行をと見上げれば、名前と人物を告げられたのかその綺麗な黒い目がこちらを見る。


「あら、君ですか?」

「あ、はい。ハイル・クェンと言います。次の試合ではよろしくお願いしますね」

「ええ、こちらこそ。あ、すいません、汚れた方の手でしたね、こっちは」

その痛ましい様子に、私は思わず「痛くないんですか」と口にする。


「ああ……その、痛いという感覚が今一つわからないんです。強い方なら教えてくれるかなと思ってこの大会にも出てみたのですが」

「痛みが、わからない?」

その答えにぽかんとしていると、彼女は小さく笑ってうなずいた。


「小さい頃から唇を食いちぎりそうになったりして親にも気味が悪いと言われていたんですが、それでも叔父が根気よく私に力加減というものを教えてくれて」

ああ、なるほど、と私はうなずいた。

無痛症か。


しかし敵に回すとなると面倒で、厄介なことになるだろうーー一撃で意識を刈り取れるほど隔絶した実力の持ち主でさえなければ。

投稿が遅れて大変申し訳ありません。

事情がありまして、投稿も執筆もままならず、また楽しみにしてくださっている方に何一つお知らせもないまま休んでしまいました。書き溜めが少ししかなく、しばらくは定期的に更新すると思いますがまた途切れると思います。その際はしっかりとお知らせします。本当にすみませんでした。

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