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再会

真っ暗な中、私ははっと意識を取り戻した。上も下も、右も左も方向感覚が分からないようなただただ暗い中で、目を開けているのに開けていないような気がして強く目をしばたく。

「あ、あー」

声を出してもどこかに吸い込まれているように届かない。私の手すら見えない場所で、はっと気づけばあごを掴まれていた。


『む』

目の前にあるのはいつぞや見た白い姿だ。右目の銀と左目の金がひどく美しく、闇の中から引き上げられた私と相対するように目が合った。その瞬間闇としか思えなかった場所にはっきりと色が着く。あちこちが黒で飾られてはいるが、はっきりとそこは子供部屋かと思えるようなぬいぐるみや原色らしい装飾で飾られていた。子供が好き勝手に色を塗りたくったように思えるが、全くそれが調和を放っているものだからへんに気味の悪い空間であった。異色を放っているのは机の上に並べられた分厚い紙の束だ。


じっくりと私自身の顔が迫り、右に、そして左にぐいぐいと顔を向けられ、それから得心がいったように目の前の顔が緩んでほほえんだ。

『なんだ、驚いた』

「え、あ、は、はい……?」

『金色と銀色の宝玉が落ちていると思って拾い上げてしまった。ここで目覚める人間は珍しいが、そうか。お前は確か異なる魂を持っているのだし、目覚めてもおかしくはあるまい』


異世界から転生してきたことを知っているのだろうが、ふとそこで私は不思議に思う。問いは思ったよりもするりと口を突いて出た。

「あの、えっと、もしかしてこういうことは珍しくないのでしょうか。異世界の魂が、こちらに転生するといったような……?」

『正しくは転生ではない。世界同士が時に干渉しあい、そのときに魂同士がくっついたり、または記憶が混じったりするが、異世界の魂自体がこちらへ来ることはありえない。なぜならそれが世界の摂理であるからだ。お前にも心当たりはなにかあるはずであろう?』

「そうですね。私は「私だった」ことがわからないのです」


やはりな、と彼はうなずいた。

『人格が残っていたとしてもそれはあくまで異世界の記憶だけに過ぎぬ。転生ではないし、必ず何処かでおかしいところがある。自分の名前が思い出せないのは普通のことだ。お前のそれは世界自体に適合するに非常に適した記憶の残り方だ』

ああ、やはり他にも転生というものはあるのだろう。私は少しばかり他の人間について想像してみた。様々な種族がいるからかなり色々とやりづらいし、村社会で多少変わったことをすればすぐにおかしいと思われる。


私の救いは他に先人がいて、ある程度受け入れられる土壌があったことだろう。

『さて。こうしているのもなかなかに普段と異なり面白いものではあるが、私は今は導く者ではなく結ぶ者であるからな、お前と縁が強く結ばれるのは避けたい。お前のほうも話していて心地よいのであろうが』


そう言えば以前は話すことさえできなかったし、言葉を発しようとも思わなかった。全く違和感すら感じることなく喋っていたことに背筋がぞわりと粟立ったが、そういえば「今は結ぶもの」と言う言葉に私は彼の手元にあるものに気づいた。二つの糸が握られている。その姿がふと重なって見えた二人は、地面に今倒れ伏しているのだろう。


白い指先がくるくると糸を結びつけた。


『ここに縁は成った』


ふつりと寸断されていた意識が浮き上がるように消えていく。声はもう出なかった。遠ざかっていく色鮮やかな部屋は、ひどくちっぽけに見えた。ぬるりと闇が再び私を飲み込んでいく。


「……う、」

皆がよろよろとその場から立ち上がる。一瞬の出来事だったようで、エスティの顔色からもそれがうかがえる。彼女もまた目を覚まし、ヤーンに支えて起き上がらせてもらっていた。

結婚式とは参列者全員を昏倒させるようなものであるのかと思ったのだが、皆がなかなかショックを受けたような表情をしている。なにかおかしいものだったのだろうか。

「あのう、ニィテさん?」

「あ、いや、なんでも。本来はこの儀式はスニェーの民の間同士の結婚でしかやらないんだ。今までは儀式をやること自体はあったらしいけど、全部はねのけられていたからね。ほとんどが政略で、向こうの土地に行ってからやったんだけど……」

「へ、ええ?そんな儀式だったんですか?」

「うん。まあ、花嫁がスニェーにあることを光がお認めになられたんだろうね。めでたいことだと思うよ、本当に」


何人かの年の行った男女は少しばかり渋い顔をしているが、それでも光が認められたのだから仕方があるまいといった納得を見せている。宗教とは本当に、ほんとうに人を動かすものだ。これが、実利のある宗教なのだ。実際に神に触れられる世界と、前世との違いがいやがおうにも見える。

「ええ、すごいと思います。本当に」

「ヤーンはあそこにいる男の、村で一番の狩人の息子だし、長老ともかなり仲が良かった。だからできたんだよ、この儀式をね」

「そうなんですか」

「政略ではやっぱり得られないものがあるのかな。うーん、僕にはよくわからないなあ。愛だとか恋だとか、みんな仲良しならそれでいいと思うんだけど……」


二ィテはそう言って黙り込んでしまった。私はその横顔が少し寂しげであるのにどこか間抜けな愛らしさを持っているのに、少々笑いそうになったがぐっとこらえて言葉を足した。

「あの二人は自分の人生にお互いがいないことに耐えられなかったってことですよ。二ィテさんもこれからが長いんですから、きっと何か見つけられますよ」

「そうかな?えへへぇ」

きっと、そうだ。

私はそう呟くように自分に言い聞かせる。あのやるせない時を思い浮かべて、拳を握り締める。あの繊細で丁寧な植物の絵も、細かな説明も、人柄を思わせるようなものだ。

「うん。きっと、間違いない」


宴になってきて、私は花嫁にそっと近づいた。

「あのう、そろそろまずいのでは?」

「あ、ああ、そうだな。少しばかりかじかんで」

「無理は禁物だよ、エスティ」


二人は若干照れあいながらも家の中へと入っていく。私はそっと空を見上げ、今日中に発とうと思い立った。休養は取りすぎるくらいに取ったし、これ以上ここにいるのも仕方がない。

「長老様、私もう発とうと思います」

「おや?早いね。今日くらいはゆっくりしていけば良いじゃあないかね?」

「いえ。早いところ家族に会いたくなったので」

表向きの理由をさらりと述べれば分かるよ、などと言われてサインを受け取った。


「そういえば長老、この試練ってうちの村から監視役が付いて回っているんですよね?」

「ああ、まあね。とっくに気づいていたんだろうが、今はもうくっついていないはずだよ。最初振り切られてからどこにいるかわかんなくなっちまってね、相手も心待ちにしてるみたいだから早く帰ってやったらどうだい?具体的には、次の村を諦めて」

「はは、それは……できませんね。何しろこれは私自身の試練ですよ、あなたに口を出されるいわれは無い。私がどうするかは私が決める」


監視が付いていないのであれば、今しか出来ないこともある。私がじっと下からねめつければ、その顔の皺がひくりと動いた。

「……全く、可愛げのない小僧だ。セドゥセとおんなじだね」

「セドゥセ、ですか?」

「ネーナの兄貴さね。あいつも旅人でまあ、私の村に来たと思ったらつまらないので帰る、とまで言い放ったもんだ」

「わお」

思わず口をついて出た言葉が分からなかったようで、彼女はちょっと首を傾げたが、それでも懐かしそうな顔をしていた。


「それじゃ、行きます。どうか二人の行く末に幸多からんことを」

「直接言ってやればいいじゃないかね。全く、せっかちなやつだよ」


せっかち、か。

人の寿命では私の成そうとしている事は出来ないかもしれない。では人の十倍あればどうか。二十倍であったらどうか。

それでも、もしかしたらギリギリかもしれない。でもずっと早くに答えがわかって時間が余るかもしれない。

未知を探るというのはそういうことだ。


でも、今生の両親に対して無碍なことはできない。せめて今回の私の遠出で、何かひとつ掴むことができればいい。

「よし」

十分に考えるだけの時間はあった。何を試すべきか、何をすべきかはある程度固まっている。普通の人間と、私たちスニェー族の違い。そして命石という物質の性質の実験。剣の変質。


本来のルートを進んで、それから道を外れ、ずっと北に進んでいく。こうこうと広い雪原に風の音しか聞こえなくなったところでぺたんと腰を下ろし、鞄の中から命石を取り出して、ふう、とひとつ息を吐く。背負っていた荷物を降ろし、長い剣で氷の地面に持ち手を縫いとめるように固定して、剣に背中を預けた。


青く光る命石をじっくり眺め、それから覚悟を決める。

「――っ」

それを、口の中に入れた。


途端に熱としびれににた感覚が体中を駆け巡る。それからわなわなと地面に手をついて冷気をガンガン放出していく。疲労と眠気が一瞬の高揚感の後波のように襲ってくる。おそらく一時的に体の中の『力』を使い果たしている状況だ。だが意識を失うわけにはいかない。みしみしと周りの氷が柱になって立ち上がる。体の芯から冷え込むような冷気に、だが体は熱を訴えかけてくる。


一昼夜かけて、ようやっと舌の上のそれは熱を発しなくなった。ぺ、と手のひらの上に吐き出すと、透明になった命石は鈍く光っていた。つるつるしたもとの形のまま、一切の減衰を見せない。

「よし、よし」

ごろりと横になる。冷たい風が吹き荒んで、汗をべっとりとかいた体を洗い流すように冷やしていく。

「……よし」


命石がもし全ての生き物の体にあるとすれば、これは力を溜め込み保持しておく器官であるというのが仮設だ。人の体をばらばらにするわけにいかないからこの仮説はあくまで仮説のままだが。

そしてそこから力を抜き取れば力を保存しておけるからっぽの電池になる。それを例の体質の人の口に含ませれば、ある程度力を吸い取ってくれるはずだ。


手に持っているそれは、命石から蓄積した力を無理やり抜き取った形になる。つまりこれは力の保存物質になるはず、だったのだが。力を流し込んでみれば、すかすかとどんどん向こう側に抜けていくような感覚に陥る。そして石を舐めてみても、全く何も起きない。舐めてみたけれど力を吸われるなんて微塵も感じなかった。

「失敗、いや、ある意味成功なのかな」

少なくともこれは力を通す物質になった。予想できない結果になってしまったけれども、それはそれだ。性質を調べるくらいなら簡単に出来る。次だ。


剣の刀身は相変わらずだ。刀身はまっ黒いが、銀色のちかちかした光が時折ひらめいて見える。地面から抜き取り背負い袋は足で踏みつけて押さえておくと、引っ張り出した大きめの赤い命石を地面に転がし、それを一息に剣で割り砕く。だが、それは石が粉々に割れ、それから透明な欠片に変じただけで、特段私の持っている剣に力が流れ込んで刀身の様子が変化するとかそういうことは無かった。


割れた欠片から漏れ出した力はなんとなく分かるが、周囲に散らばって次第に雲散霧消していく。


「ふむ」

つまりこの剣が変質するのは、生体の命石を砕いたときだろうか。元の通りに背負い袋の固定へと剣を戻して、それからどっかと座り込み落ちている欠片を拾い上げる。その欠片を口に含んでみると、先ほどと同様すかすかの物質になっていた。

「……一昼夜かけたのに、なんてこった」

くたりと頭を垂れる。とはいえ同じものを作るのに毎度毎度一昼夜かけるよりは賢いか、と無理やり自分を納得させる。


「さて、次か。普通の人間とスニェーの一族の違い」

これに関してはだが、エスティに話してもらった神話や伝承を書き留めたものが役に立つ。

おおよそ一般的な人間と、スニェーの一族はまず出生の方法から異なるらしい。私は思い出せる通り卵で生まれたし、人間もそうらしいのだが、卵はまず祭壇に外から見えないように運び込まれ、祭壇に乗せると孵る。それと同時に混沌(デュメ)が現れて赤ん坊を連れ去ろうとするので、そこで卵の欠片をひとつ投げるらしい。


「我々のところでは家の中だろうがなんだろうが、赤ん坊の気配を探しつけて現れるのだよ。だから生まれると同時にそういうことをするのだ。木に匂いを移してとは興味深いことだ」

エスティはそう言っていたが、私にとって一番驚きだったのがスニェーの一族と人間のタイムラグだ。

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