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ブクマ二件もついているし評価までついているし嬉しすぎてハゲ散らかしております。

下された毛皮はどうやら道中で狩ったものを丁寧に下処理しただけであり、なめし加工を頼むべくネーナ様のところの樽に漬け込ませてもらうのだという。さびっぽいのと薬らしいのが混ざり合ったにおいがする薬液に表面が出ないよう浸しこんで、彼はネーナ様の家に上がりこんだ。

彼女は急に来た私たちを歓迎してくれ、そして木のカップに入った飲み物を出してくれた。一口飲むと、ひりりとしたスパイシーな辛味がありながら、さっぱり甘くてとろりとしている。何か果実のようなさわやかな甘みを感じるので、たぶんホットワインのような飲み物だろう。


こまごまとした世間話をして、ようやっと本題に入る。

「そんでばっちゃんよ。穀物の当ては当然取ってきたんだろ?」

「ええ。だって、あちらがその気なら私たちを街から返さないことだってできるんですもの、私、そういうことに巻き込まれることすら嫌なのよね」

「だろうなと思ったよ。だから、今、北部の町は混乱しててな。モア族の元に押しかけては毛皮をよこしてくれないかと訴えかけているらしい」


モア族というのは、私たちよりもだいぶ大きく全身を白い毛皮で覆われた、重たく遅い温厚な草食の種族だ。故に狩りには向かないし、彼らも血を見ることを嫌うので繊維・染色業や細々とした工芸品、それから夏前に生え変わって抜ける自らの体毛を使った毛織物を作っている。彼ら自身は服がいらないし、さらに男も女もわからない。


で、あるからして、彼らが取り扱う商品の中に『毛皮』というものは存在しないし、それも北部の人間がわかっているはずだ。

けれど彼らは『毛皮をよこせ』と言った。それはつまり……。


「モア族狩りか。胸糞の悪い」

父がダン、と飲み干したカップを机に叩きつける。毛皮なぞ一年くらいどうでも良いものだと思うが、今年は特に冷害もひどくて、作物も不作。森のほうも恵みが少なく、肉類も森に頼り切っていたために数が少なすぎる。こうなれば冬を過ごすことが難しい。モア族の毛の品はいうまでもなく高級品であり、毛織物ではなく毛皮となればその価値は格段に上がる。しかしながらあくまでモア族はコミュニケーションの取れる『人種』と認められているわけであり――よそう。これ以上は気分が悪くなりそうだ。


「俺は連絡があったから行かざるを得なかったが、どうやら町の奴ら相当参ってるみたいだ。もう飢え死にするやつが出てきてる。金を上納しろってのも、はっきり言えば他の地域からの輸入のために取れるものは取れるときに取るべし、と領主が決めたことらしいしな。困らせれば、金を吐き出すだろ、ってよ」

「フィロー。ねえ、あなた一体何が言いたいのかしら。私は相手の礼儀に則って顔をひっぱたいてやったのですけど、その調子じゃあ私たちのせいみたいじゃなくって?」


ネーナ様がおっとりと頬に手を当てて微笑んだ。しかしその目ははっきりと、フィローのことを危険視していた。父はちらりと私を見て、頼んだ、とこっそり囁いた。

まさか、父よ、私を仲裁のために利用する気でいるのか。なんということだ。


「だから、俺が言いてえのはそういうこっちゃなくってな。モア族を助けてやれねえかってことなんだよ。あんたにだってその気があれば助けてやることだって――」

「モア族まで伸ばす手はないわ。助けに行った先で殺されない保証はないでしょう?フィローはお人好しだけれど、もう少し時と場所を選んだ方が良いわ。モア族が正式に依頼を出したわけではないでしょう」


どちらの主張もそれなりに正当性があるものだから、あながちに間違っているだとかそういうことは言えない。フィローの意見としては、私たちスニェーは良き隣人のモア族を助けに行けるくらいの余力はあるし、見捨てれば寝覚めが悪いということだと思う。けれどネーナ様はその余力は自分たちのために残しておくべきだし、未だに助けを求めに来ていない者たちを助けに行くほど余裕があるわけではない、ということ。


私の心情的にはフィロー、理論的にはネーナ様寄りだ。フィローの考えは言わずもがな、ネーナ様の考え方は支配者のそれを含んでいる。

助けを求められれば交渉にできる。慈善事業的に全てを助けていたら、それをあてにして相手は自立しない。それどころか、前例を作ったために他の人たちにまで食い物にされかねない。ネーナ様は助けを求められなければ動けない立場の人なのだ。今回の話し合いはフィローが圧倒的に不利だし、まず交渉にすらなっていない。

ネーナ様がフィローを相手にする気にさせるために、私は口を挟んだ。


「あの、二人とも落ち着いてください。ネーナ様が怒ってるところも、フィローさんが困ってるところもあまり見たくないです」

おずおずと私が上目遣いでそう言い出せば、彼らはにらみ合いをやめて、少しだけ空気がやわらかくなる。フィローはそれでも諦めきれないのか、「……しかしよぉ」と言い募ろうとした。だが、ネーナ様はちゃんと冷静になれたらしく眉間のしわに手を当てて、ふうと息を吐いた。


「そうよね、ちょっと冷静じゃなかったわ。ハイル、あまり口を出すものではないけれど、頭は少し冷えたわ、ありがとう。要するにフィローはモア族を助けたいと思っているのよね?だったら、私に相談するべきではなかったわ」

「あ?」

「私はあなたを諌めるべき立場なのよ、フィロー・デスタゥ。私が一番に考えるべきはあなたたちと、この村よ。今も、この後も、ずっと先も見据えて村を安全に、快適に過ごせる場所にする。これが私の、やらねばならないこと。モア族は確かに善いお隣ではあるけれど、明らかに罠の可能性がある場所にむざむざ行かせるわけにはいかないわね。あなたが考えているのは自分の気持ちだけでしょう?立場をわきまえなさい」


ネーナ様の言葉は厳しくはあったが、だいぶん分かりやすくなっていた。ようやく二人が交渉の台に立ったわけだ。

フィローはむぐ、と黙り込み、それからちょっと視線をあちこちにさまよわせて、ふう、と息を吐いた。


「ちょっとだけ、時間をくれ。考える」

思考の隙を突く、に近いだろう。私は外に出て行ったフィローさんについていって、それから背中をつんつん、とつついた。

「ぉわ!?」

「隙だらけですよ、今ならゲッペでもやられそうなくらい」

ちなみにこの類の言葉は冗談ではあるが、ちょっとそれを本気で思ってしまったのは内緒だ。


「あ、ああ。確かにそうだな。ところでハイルはどうしてここに?」

「そりゃあ、フィローさんの主張を頑張って通すためにですよ。ネーナ様も、本心では助けてあげたいと思ってるかもしれないですけど、やっぱり考え方が支配者のそれなんです。そしてきっと正論しか言われなくって、結局フィローさんが負けてしまうと思うので」

私はにっこりと笑って見せた。フィローは少したじろいでいるが、かまうものか。腹黒も使いどころである。





「……あのね。まずその根底から全てを覆すような提案をしないでちょうだいな」

「でも、実際そのとおりでしょう?」

命令書と言う名の処刑状が届いてから、すでに数日。モア族のいる場所から三日でフィローはこの場所にたどり着いたらしい。普通の人の住む街からモア族のところまでは、すでに季節も早冬のためかなりかかる。それも、武器防具を携えて、だ。


「今ならまだ余裕で間に合います」

「頭がよすぎるというのも、考え物じゃないかしら。まあ、いいわ。とりあえず、その案は採用してあげる。ただし、ハイル。あなたはついていったらだめよ!」

ちょっとだけ顛末に興味があったのだが、仕方が無い。私は素直にはあい、と言ってよっこらせとラグマットから立ち上がった。大体置いてけぼりにされていた父も一緒に立ち上がると、それから私を抱き上げた。後ろで一緒にコルティーロを持って行ってという話も聞こえてきたため、食糧支援も一緒に行うのだろう。


「あの、えと、重たいよ、父さん?」

「重たくは無い。普段はもっと重たいものを運んでるからな」

「あ、そう……ええと。何か怒ってる?」

「いや、もしかしたらハイルはネーナ様の跡継ぎになるんじゃないかとかいろいろ考えてしまって。俺はハイルには俺の息子でいて欲しいし……」


ネーナ様は代々村のまとめ役として発言権を持っているため、そんな思考に陥ったらしい。ネーナ様も子供がいないから余計にだそうだ。

たぶん、いや間違いなく私は村を治めるのに向いていないと思う。だって今回の件も、あからさまな私情に基いて全て画策したものだ。私はできる限り死人が出ないようにしたいと思ったし、たぶん新しい領主だって自分の首を絞め続けるようなことはしたがらないはずだ。


借金をして建て直し、それから全てことが元通りになったら借金を返していく。

出兵もまた備蓄を減らす行為だ。口減らしがてらというのはあるかも知れないが、それでも抑えたい要素のはず。

けれど、スニェーの民のことが伝わらないくらいには混乱している。私たちがここで暮らしている長命種族だと言うことを、ここに来た使者は知らなかった。「若いな」とネーナ様に言い放ったのだから。


つまり彼は貴族の座をのっとって、平民は搾取するものだと思っている。本来なら備蓄などがあって、村もかつかつではないのだろうけど、きっとそのせいもある。

だからこそ、その人の本当に治めている場所は私たちには関係の無いことと割り切るしかない。


「私はまつりごとのことなんか全く分からないし、それにお父さんもお母さんも大事だからね。ネーナ様のことは好きだけど、やっぱり二人はちがうもの」

「え、えへへ、そお?」

にやにやにまにましながら締まりの無い顔で父は家の扉をばたんと開けて、抱き上げている私のことを忘れて勢い良く中に入って行った。

「ちょ、おと、おとうさぅんげッ!?」

「うわあああああハイル!?」

「シュエット?一体何をしているの?……ハイルのおでこが赤くなっているじゃない。浮かれて抱き上げたまま扉を通ろうとした、なんて……言わないわよね?」


父はまたもや母にぺちぺちとたたかれて、それから夕飯の肉を少なくされていた。お好み焼き風のコルティーロは薄切り肉と良く合うので、大変美味しくいただいた。

スープには見たこともない香草が入っていて、少しかむと八角のような独特の香りがあふれ出してきた。スープを飲むと、しっかりとした豚骨スープのような味がして非常にエスニックな味わいだ。


「この香草って、どこで?」

「ああ、なんでもコルティーロを押してきた荷物の中にまぎれてたみたいよ。荷物の隙間を埋めるみたいにして入っていたんですって」

それは緩衝材代わりに入れていたんじゃ、と言いたいのをぐっとこらえる。しかし、美味しかったので私は何も言えないまま、それを美味しくいただいた。


件の作戦が成功したと聞いたのは、その九日後ほどだった。モア族は私の言ったとおりに()()()()()()()()()()()、そして不眠不休で織物に仕立て上げてしまったらしい。出せるものはこれだけですよ、と先に提示してしまえばいいし、なんなら『毛皮』は無くなる。

毛が伸びるまでには半年ほどかかるのだと言っていたから、皮を剥ぐメリットが無い。


「寒がっていたから、薪とそれからコルティーロな。ぜんぶ置いてきたから、安心しろよ」

ちなみにかのコルティーロは装飾品の材料と説明され、食べ方を知らない攻めて来た人が食料ではないかと疑って生で口にしたらしいので、とても面白いことになったそうだ。花の匂いに吐き気を催し、それからしばらく呻き苦しんでいたらしい。

「すげぇ面白かった」

フィローが思い出しながらちょっと噴き出しているので、そうとう面白かったんだろう。


「……街のやつは……たぶん、助けられねえ。俺もそいつはわかる。だが……」

「フィロー。それは、駄目だよ」

たぶん、同情してはいけない類の。


「支配者の責任なんだもの。それは私たちが考えるところじゃない。助けにでも行くと口にしようものならネーナ様は、今度こそフィローをぶん殴って、荷物を全て奪ってでも絶対に行かせないようにするよ」

モア族のときは、私たちに近い領域のことであった。完全に『人間の』領域を超えた場所ではなかった。そして何より、安全に行って帰ってこれる可能性がばっちりと残っていたからこそ、彼女は許可を出したのだ。


「街の飢えは、街の責任だよ。私たちは取引には応じても、命令には背く。ここが人の領域ではないから。街にいる人たちからの政治の意味が無いから。街は本来なら、備蓄があってしかるべきだし、たぶん領主の城にも本来なら備蓄があって当然だった。けれど、考えなしに新しい領主が使ってしまったんだと思うよ」

「そ、それは……そいつは、新しい領主が悪いな」

「うん。でも、そこは私たちが口を出せる場所じゃない。違う?」

「いや、違わない」


彼は首を左右に振って、それから多少すっきりした表情で暇を告げた。たぶん納得したんだろう。

数年後にはまた新しい領主に挿げ替えられるのだが、そんなことは私はまだ知ることは無い。

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