一条との出会い
その日の放課後、美沙はいつものように母親のお見舞いに向かうため、校舎をでる。
明雄が教室の窓から校庭を眺めていると、美沙の後ろから南井たち3人が後をつけているのが見えた。
一抹の不安を覚えた明雄は急いで美沙の後を追う。案の定、校門を出たところで美沙が3人に絡まれていた。
「お前の母ちゃん結核なんだってな」
「感染るから明日から学校来んなよ」
「おい、何とか言ってみろ」
口汚く罵る南井たちに、美沙はすこぶる迷惑そうに懇願した。
「お願いだから、やめて、放っといて」
美沙の困った顔が3人のイジメっ子たちの嗜虐性を刺激したのか、ますますエスカレートする様相を呈していた。
明雄も美沙を助けに入りたいとは思ったが、3対1ではあまりにも分が悪い。
「やめてやれよ、可哀想じゃないか」
口頭で制止はするものの、割って入って止めることまではできなかった。
「おい!やめろ!」
明雄の背後から誰かが制止する声を上げる。
みんなが驚き、一斉に声のする方向へ視線を向けた。
その視線の先には、1人の男子がいた。
その男の子が近所の中学生であることは制服から推測できた。
「なんだ、お前は、邪魔すんな」
突然現れた中学生にやや怯みながらも、南井は強気にでた。
取り巻きが見ている手前、弱みを見せられなかったのも理由の1つだろう。
「3人でよってたかって女子をイジメて、楽しいか?」
「イジメなんかじゃない、俺たちは一緒に遊んでるだけだ、な?」
「そうだ、俺らは仲よく遊んでるだけだ、邪魔すんな」
南井が同意を求め、山川、伊井が同調する。
美沙は黙ったままだったが、南井が親密さを印象付けようとしたのか、無理やり美沙の肩に手をまわす。
「やめて、離して!」
美沙は嫌悪感と恐怖で一瞬硬直したが、すぐに抗った。
「明らかにその子は嫌がってるじゃないか」
「うるさい!」
「おい、山川!木下を見張ってろ!」
「伊井!こいつを一緒にやるぞ!」
南井は2人がかりで殴りかかった。
「君、すまないが、助太刀を頼めるかな?」
その中学生は、やや分が悪いと思ったのか、近くにいた明雄に声をかけた。
「はい、もちろんです」
明雄も思いもかけない出来事に呆気にとられていたが、これも天祐と思い、意気込んで加勢する。
明雄は伊井と対峙する形となった。
「佐野!お前、裏切ったな」
裏切るもなにも、はじめから仲間になった覚えはないのだが、中学生の加勢に入った明雄に南井はそう叫ぶ。
一瞬、南井に気を取られた明雄の隙を突いて伊井が殴り掛かった。明雄は慌てて避けたが間に合わず、伊井の拳が明雄の額に当たる。
たまらずに明雄が倒れると、伊井が馬乗りになり、そのまま取っ組み合いになった。
南井は明雄と伊井の取っ組み合いに気を取られていた。
「おい、お前の相手は俺だ」
その隙に上級生は南井にそう声をかけると、瞬時に襟元を掴んで払い腰で投げ飛ばした。
さらに背後から馬乗りして、片腕を後ろ手に捻り上げる。
まさに電光石火の早業だった。
一瞬の出来事に南井は状況が把握できずに驚いていた。いや、その中学生以外、その場にいた全員が同じだった。
予想外の出来事に全員が驚愕して戦意を失っていた。
「痛ててててて、おい、放せ!」
「お前、もうこの子をイジメないと約束するか?約束するなら放してやる」
「わかった、もうしない、だから放せ」
口調から反省してない様子だったが、中学生が南井を開放した。
「お前、おぼえてろよ!」
南井たちは急いで離れると、捨て台詞を吐いて逃げて行った。