イジメ
事件が起きたのはそれから数日後のことだった。
明雄のクラスには南井という、いわゆるイジメっ子がいる。
南井には山川と伊井という取り巻きがおり、いつもこの3人でつるんで悪さをする。
そのため、クラスのほとんどの人間は好ましく思っておらず、
明雄もこの3人を内心嫌っていた。
美沙の転校初日に冷やかしたり、囃し立てていたのは実はこの3人だった。
その南井に、明雄は登校時、下駄箱で呼び止められる。
「おい佐野、お前、あの木下って転校生にあまり近づかないほうがいいぞ」
「なぜ・・・?」
「あいつは、結核患者だから感染されるぞ」
「は?・・・」
突拍子もないことを言われて明雄はにわかには信じられないといった顔をした。
「木下が療養院に入るところを山川が見たんだ」
美沙が明雄より遅く帰宅することはわかっていた。ただ、どこで何をしているかまでは知らなかった。
「あいつは絶対、結核だ」南井がそう言い切った。
「療養院に通っているとしても、結核患者とは限らないじゃないか」
明雄は美沙を擁護する。南井たち3人が美沙をイジメの対象にしていることは明白だったからだ。
「俺たちの言うことを信じられないのか?」南井は食ってかかる。
『たとえ事実がどうであれ、こいつらの言うことなど聞けない』明雄はそう考えた。
「木下さんが結核患者だという証拠がなければ信じられない」
明雄がそう言い放つと南井は脅しをかけてきた。
「そうか、お前は俺に逆らうんだな?」
朝から面白くない話を聞かされた明雄は、やや憤慨しながら教室に入る。
教室内では今までと打って変わって、同級生たちが美沙から距離をおいている雰囲気が伝わってきた。
『みんな南井に脅されて日和見をしているな・・・』明雄はそう思ったが気がつかない振りで美沙に挨拶をする。
「木下さんおはよう」
「あ、佐野君、おはよう」
今までと違う雰囲気を感じていたのか、美沙は明雄に挨拶されてホッとした表情を浮かべた。
やがて担任が教室に現れて出欠席を取り終わり、朝のホームルームがはじまると、急に山川が手を挙げる。
その少し前、南井が山川に対して合図を送るのを明雄は見逃さなかった。
「先生、」
「なんですか?山川君、」
「僕は木下さんが結核の療養院に入るところを見たんですが、木下さんは結核なんじゃないんですか?」
山川が発言すると、すかさず、南井と伊井が合の手を入れる。
「結核患者と一緒にいたら感染るじゃないか」
「そんな人と一緒に勉強できません」
クラスでも南井たちに睨まれたくない日和見連中が同調して美沙を非難し始めた。
美沙は驚いて周囲を見渡した後、黙りこんで、俯いてしまった。
明雄はたまりかねて挙手しようとしたが、担任教師がその前にパンパンと両手をたたいて生徒たちを制止した。
「皆さんお静かに、先生の話を聞いてください。木下さんが療養所に通っていることは先生は知っていました。木下さんのお母様が、そこで療養されているので、毎日お見舞いされているのです。ですから、木下さんは結核患者などではありません。いいですか?木下さんは縁あって、みなさんと同級生となったのです。それを些細な思い込みで差別やイジメをすることは先生は許しませんよ」
担任はそこまで発言すると、生徒たち一人一人を見渡して訊いた。
「先生からは以上です。何か言いたいことはありますか?」
担任から強く言われたため、扇動しようとした南井たちも黙りこくってしまった。
「特にないなら、このお話はこれでお終いです」
担任の初期対応が適切であったため、クラス内の美沙に対する不穏な雰囲気はにわかにやわらいだ。
件の南井たち3人を除いては・・・・・・。




