邂逅
出会いは7年前に遡る。
7年前-昭和12年・・・
明雄が学校から帰宅すると、近所にタクシーが停まっていた。
「ただいま・・・・。母さん、表にタクシーが停まってるけど誰か来てるの?」
明雄は自分の部屋に鞄を投げ置くと茶の間の母に尋ねる。
「花村さんのところにお客さんみたいね」
明雄の母は恰幅の良い背中を丸め、裁縫をしながら答えた。
「ふ~ん」
明雄は縁側に立って水を飲み乾すと、垣根越しに、もの珍しそうにタクシーを見ていた。
やがて花村さんの家から白い7つボタンの制服を着た男の人がでてきた。
続いてオカッパ頭の女の子と、花村さんのおばさんがでてくる。
女の子は白いブラウスに水色の吊りスカートという扮装をしており、男の人は女の子の頭を撫でながら、なにかを言い含めているように見えた。
女の子は少し泣き出しそうな顔をしている。
男の人が花村さんのおばさんに頭を下げ、タクシーに乗り込もうとした時に一瞬、明雄と目が合った。
明雄は思わず敬礼した。
それを見た男の人は明雄にニッコリ微笑むと、タクシーに乗り込まず、垣根まで近づいて声をかけてきた。
「こんにちは、君はここの家の子ですか?」
気をつけの姿勢で明雄はうなずく。
「今度、わたしの娘を親戚の家に預けることになりました。今後、仲良くしてあげてください」
明雄は女の子と目を合わせて会釈する。
女の子は男の人の影に隠れたまま、軽く会釈をした。男の人は再度、女の子の頭を撫でてからタクシーに乗り込んだ。
タクシーが走り去ったあと、女の子の姿はすでになかった。
翌日、登校すると、ホームルームの時に担任の教師が例の女の子を連れて入ってきた。
スカートの色は紺色だったが、白いブラウス吊りスカートという扮装は昨日と同じだった。
「皆静かに、今日からこの学校に転校してきた木下美沙さんです。皆さん、仲良くしてあげてください・・・・・。木下さん、自己紹介をしてください」
美沙は教師に促されるまま教壇に立ち、黒板に自分の名前を大きく書く。
「木下美沙です。佐世保から転校してきました。よろしくお願いします」
そう言って、お辞儀をした。
「えーと、では一番後ろに席を用意したので、そちらで授業を受けてください」
担任に言われるままに、美沙は席に向かう。そこは明雄の隣の席だった。
他所からの転校生で、小学生にしては目鼻立ちの整った、その容貌が人目を引いたことも理由だったのだろう。席に着席するまで、美沙は周囲から興味の視線にさらされる。だが、物怖じする様子はなかった。
「教科書が間に合わないので、しばらくの間、佐野君に見せてもらってください」
担任はそう指示した。
明雄の教科書はところどころに落書きがあり、人に見られるのは小っ恥ずかしかった。だが、担任の指示もあり、明雄は美沙に教科書を見せざるを得なかった。
美沙に教科書を見せた明雄は美沙の反応が気になったが、落書きについては何の興味も示さなかったように思えたので、ひとまずホッと胸を撫でおろした。
2人で同じ教科書を使用する行為を、クラスメイトが冷やかしたり、囃し立てようとしたが、担任がそれを押しとどめたので、それ以上、騒がれることはなく、その日は無事に終わった。