再会
渋墨塗りの板塀にそって、玄関にたどり着くと、すりガラスの嵌った格子戸があった。
一条がガラガラッと音をさせながら引き戸を開ける。
中の三和土は、約3畳分程の広さがあった。
中には大きく背の高い下駄箱が左右に2つ置かれており、 上がり框の前には沓脱ぎ石が置かれている。
「こんにちは」
一条が玄関先で家の中に向かって挨拶すると奥から呼応して、声が返って来る。
「いらっしゃい。どうぞ、上がってくださいな」
そう言いながら老齢の女性が慌ただしそうにパタパタと取次まで迎えにでてきた。
「お邪魔します」
下駄箱に靴を仕舞うと、そう言って一条と明雄は家の中に入る。
あとから続々とやってくる練習生で、玄関はあっと言う間に混雑し始め、口々に挨拶をしては中に上がっていく。
取次を上がってすぐ目の前に狭い階段があった。上がるたびに階段がギシッ、キュッと音を立てる。
家は古いが掃除は行き届いており、黒ニスの塗られた廊下や階段が綺麗な光沢を放っていた。
階段を上がりきって2階へ上がると、10畳ほどの畳敷きの部屋が廊下を挟んで左右に2部屋づつ四部屋あり、仕切りとなった襖や障子は全て外されていた。
部屋の中には、すでに何人かが思い思いの恰好で寝そべったり、雑誌を読んだり、囲碁や将棋を指していた。
「その辺に座って待っててくれ」
部屋の一角を指さして一条は言ったが、一条が立ったままだったので明雄は座ろうとせずに訊いた。
「先輩は座らないんですか?」
「ちょっと下を手伝って来る」
「なら自分も手伝いますよ」
「そうか、すまんな」
2人はすぐ部屋を出て、ワラワラと押し寄せる練習生達を掻き分けるように1階へ降りた。
「お婆さん、何かお手伝いしますか?」
台所の入り口の暖簾を手の甲でよけると、中を覗くような格好で一条は訊いた。
「あら、一条さん、いつもすみませんねぇ、そこの麦茶を皆さんに配ってもらえますか」
お婆さんが指し示した先のテーブルの上に麦茶がある。
「わかりました」
「佐野、すまんが、一緒に運んでくれ」
「はい」
「ところで、お婆さん、美沙さんはいますか?」
「美沙なら、今一階で麦茶を配ってますよ」
「では、落ち着いたら私のところに来て欲しいと伝えておいてください」
「はいはい」
「麦茶の欲しいヤツはここに置いておくから勝手に持って行ってくれ」
一条は麦茶を乗せた盆を2階に運んで、畳の上に置くと自分の麦茶だけを取った。
明雄も真似をして同じように畳に盆を置いて自分の麦茶だけを取る。
皆が勝手に持っていくので、盆の上の麦茶はあっと言う間に無くなった。
「このお盆、戻してきますよ」
「いや、美沙が来た時に持っていってもらおう」
一条はそう言って明雄が盆を拾おうとしたのを制止した。
「ところで、美沙って木下美沙ちゃんのことですか?」
「そうだ」
「ここで働いていたんですか」
「と言うより、ここは美沙のお祖母さんの家だ」
「ああ、ここへ引き取られてたんですね」
「驚かんのか?」
淡々と話をしている明雄の反応が予想と違っていたので、一条はそう尋ねた。
「バスの中で美沙ちゃんのことを話されてましたし、先輩は目配せする癖があるので、なにかあるんだろうなとは思ってましたから」
明雄の返答を聞いて一条はしまったと思った。
明雄と美沙を引き合わせて驚かせようと密かに考えていたからだ。
明雄にはバレてしまったので、どうしようか考えあぐねていたところに
「お兄さん、なにかご用?」と言いながら階段を上ってくる美沙の声がした。
『ままよ、美沙はまだ何も知らないはずだ』と思いなおし、
「美沙、彼を覚えているか?」一条は故意と名前を告げずに明雄を紹介した。
明雄の目の前に見目麗しい一人の女性がモンペ姿であらわれる。
おかっぱだった髪型は長い黒髪に変わっており、唯一、大きな瞳だけがその面影を宿していた。癖のないその髪の毛は、美沙の素直な性格をそのまま表現しているようにも思えた。
明雄は一条の後ろからひょっこり顔をだす恰好で現れ、軽く会釈した。
突然、明雄が顔をだしたので美沙は少し驚く。
「わっ、ビックリした・・・・明雄君だよね・・・わたしのこと覚えてる??」
すぐに無邪気そうな笑顔になり、両手で明雄の手を取った。
対照的に、明雄は美沙のことがすぐにわからなかった。
目の前で微笑む美沙を見て、『こんなに美人だったっけ・・・』そう思いながら、刻まれた思い出よりも遥かに美しくなった、目の前の女性に戸惑っていた。
「美沙ちゃん?」
そう訊く明雄に対して美沙はウンウンとうなずく。その顔はとてもにこやかであった。
「ごめん、一瞬誰だか、わからなかった」
「酷い。ねぇ、お兄さん聞いた?」
美沙が明雄を指さしながら一条に訴えるように視線を投げる。
「くっ・・・あっはっははは・・・」
「お前ら2人は、ホントに面白いな」
一条は腹を抱えて笑いながら、2人の再会を喜んだ。




