特攻
飛行場に到着すると、滑走路の上にはすでに飛行機に爆弾が積まれており、整備員が最終チェックをしていた。
エンジンはすでに始動しており、いつでも発進できる状態だった。
十数機の戦闘機が一斉にエンジンを轟かせる姿は明雄には壮観にみえた。
滑走路脇に用意された小さな机の上には三宝があった。
必勝祈願および司令官からの訓示が述べられたあとに天皇陛下より下賜された煙草を皆で吸う。
明雄はタバコが吸えないのでただ吹かすだけだった。
その後に水杯を交わすと、全員で一斉に、「往って参ります」と司令官に敬礼する。
司令官は「作戦成功を祈る」と述べて敬礼をかえした。
皆が一斉に散って、各々の戦闘機へと乗り込んでいく。
一番初めに出発したのは隊長機で、残りの機は順を追って離陸する。
滑走路の沿道では近くの女学生が桜の枝を振りながら見送りしてくれていた。
特攻機の中では明雄が一番最後の出発だった。
隊長機をはじめとする他の機は速度を緩めており、明雄の機が追いついたのちに編隊を組み速度を上げた。そのあとで高橋先輩たちの護衛戦闘機が追う形で発進していった。
発進してから30分もしないうちに海岸線にでると、視界が一気に開ける。
穏やかな波間に朝日が乱反射し、その眩く、美しい光景に明雄は一瞬心を奪われた。
これが作戦でなければいいのにと明雄は思ったが、【ザッ】と無線の雑音が聞こえ我に返ると、すぐに隊長機から連絡が入る。
「これより作戦海域に入るため、全機低空飛行にて航行せよ。またこれより先、通信は一切行わない。各々の健闘を祈る。以上」
低空飛行を行う理由は米軍のレーダーに捕捉されないようにするためだ。
作戦の成功率を上げるにはまず攻撃目標に悟らせないことが肝心だからだ。
編隊が外海に抜ける頃には、天候はうって変わり、曇りとなる。
波も高く大きくうねっており、さながら大きな壁のごとく迫っては抜け、また迫っては抜けていった。
やがて視界の先の洋上に小さな点がいくつか視認できた。
それは目標とした米軍の艦隊だった。
小さな点だった軍艦は瞬く間に接近して大きくなっていく。
特攻隊長が乗機の翼を左右に振って攻撃開始の合図をだすと、編隊を組んだ飛行機は一気に散開して攻撃態勢に入った。
散開する理由は敵に的を絞らせないためである。
米艦隊はレーダーによる特攻機の補足が遅れたのか、慌てたように対空砲を撃ちだした。
当然、航空母艦からの直掩機もまだ発艦していない。
先ずは先頭を切って特攻隊長の機が急上昇をはじめる。
それを米軍の対空砲から発射された砲弾の煙があとを追う形で追跡する。
だが、当たらない。
戦艦の真上まで達した特攻隊長の乗機は急降下に転じ、そのまま真っ直ぐに突撃した。
機に積まれた爆弾は炸裂、爆発を起こし、特攻機は戦艦の甲板を突き破り大破。
その間に米軍側が直掩機を発艦させ始めたために、特攻機への迎撃が開始される。
米軍側の直掩機をこれ以上発艦させないために、続いて2番機3番機が今度は航空母艦に対して同じく急降下攻撃を敢行した。
3番機は直掩に上がった米軍の戦闘機に撃墜され海へ墜ちた。
2番機は米母艦に特攻したが、米軍の直掩機に邪魔され、角度が浅くなり、斜め前方から船首に接触した。
爆弾を抱えた2番機は、そのまま真っ二つに割れ、その機体がまるで意志を持った生き物のように激しい勢いで甲板に出ていた米戦闘機に襲い掛かり、爆発。さらに燃料に引火し大炎上となった。
これで米母艦からの直掩機は出せなくなった。
しかし、それから先の攻防は、迎撃態勢を整え終わった米軍側優勢のまま推移する。
特攻の機会を窺うように大きく旋回する特攻機と、そのあとを追う対空砲の煙。
対空砲からうまく逃げる特攻機もいれば、旋回しながら対空砲の餌食になり、火を噴きながら海へと墜ちる特攻機もいる。
また迎撃すべく特攻機を追う米戦闘機と、それをさせまいとする皇軍側の護衛機のドッグファイト。
自機が狙われたと悟った米軍機は大きく上昇し、弧を描きながら皇軍護衛機の後ろを獲ろうとする、皇軍側も負けじと同じく弧を描いて互いに譲らない。
空は対空砲に撒かれた煙で一面覆われたような状態だった。
明雄は特攻に躊躇していた。正直に言えば怖かった。
しかし、そんな明雄の機を米軍機は見逃さなかった。
気がついたときにはすでに後ろを獲られ、撃たれる寸前だった。
『しまった!、墜とされる』
そう思った瞬間に、1機の護衛機が米軍機に体当たりした。
堕ちていく機は高橋先輩の戦闘機だった。
高橋は米軍機を銃撃した際に明雄の機を巻き込むことを恐れ、自ら米軍機に体当たりを敢行したのだ。
「高橋先輩!」
明雄は呆然とそれを見ていたが、同時に高橋の言葉を思い出した。
『貴様には美沙ちゃんの前で恥をかかせたこともあるし、この命を懸けても任務を遂行させてやる』
高橋は文字通り命を懸けて明雄を護った。
そのことを思い出して明雄は涙した。
『このまま自分が何もしなければ、高橋先輩だって、犬死になってしまう』そう考えると、明雄の中でなにかが切れた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
高橋先輩の勇姿に感化された明雄は、自身を奮い立たせ、そう叫びながら特攻を敢行した。
巨大な戦艦に突入する恐怖で明雄は気が遠くなりそうだった。
無意識的に、首に下げていたお守りを手に持って、自らの唇にあてていた。
そうすることで、美沙から恐怖心に打ち克つ勇気を貰えるような気がしたのだ。
ズドドドドドドドドドド、バン、バン、バン。
対空砲が特攻機めがけて連射する。その砲弾が明雄の近くで炸裂し、次々と黒い煙をあげていった。
だが、お守りの効果か、それとも千人針の効果か、幸いにも直撃することはなかった。
米戦艦の斜め後方から明雄の機は突撃した。
お守りに口づけしながら。
ブォォォォォォーーン
フルスロットされたエンジンは叫ぶような轟音を上げ、そのまま激突する。
しかし爆発音は聞こえず、代わりにバリバリバリッ、バキバキッ、ベキッベキッ、
と機体が潰れながら壊れて行くあらゆる破壊音が一瞬に重複して鳴り響く。
不思議なことに、その瞬間は、明雄には周囲がまるでスローモーションに見えていた。
幸か不幸か、機体に抱えていた爆弾は爆発する事は無かった。
勢いよく突っ込み衝突したが、座席の固定ベルトが明雄の下半身をしっかり抑えていた。
だが、余りの衝撃にそのベルトが明雄の下腹部を引き裂き、引き千切られた上半身は頭から風防を突き破った。
明雄の上半身は弾丸の様な勢いで機銃台座向かって投げ出され、激しくぶつかった。
言うまでも無く、即死だった・・・・。