適正テスト
入隊から約3ヶ月が過ぎ、明雄を含めた新米訓練生たちは色めき立っていた。
なぜかというと、適正飛行試験が行われるためである。
この試験の結果次第では、戦闘機乗りになれるかどうかが決まるのだ。
操縦員として不適格とされた者は偵察員に振り分けられる。
地味な偵察員より、やはり操縦員として縦横無尽に戦闘機を操りたい。
武勲を上げてみたい。誰もがそう願いながら、逸る気持ちを抑えていた。
試験の実施は海軍航空隊基地で行われる。
すでに配属されていた諸先輩たちが出迎えてくれ、飛行服を身に纏ったその璃璃しい姿に、訓練生たちは思わず「おおー」「恰好いいなー」などと口々に声を上げる。
明雄も多分に漏れず、『恰好いいなぁ・・』と、口にこそ出さなかったが、憧れ、魅入った。いつかは自分も戦闘機乗りとして、活躍するのだと。
先輩たちは自分たちの後輩として、快く迎え入れ、「頑張れよ!」と激励してくれる。
「貴様ら、先輩たちの観てる前で無様をさらすなよ」
教官が重圧をかけるような言葉を浴びせる。
『もとより承知』明雄はそう思った。だが、明雄に限らず、練習生の誰もがそう思っていたに違いない。
無様な姿をさらしたくない。それは誰もが持つ共通の思いだろう。
だが、そう思ってみたところで、飛行機が思うようにいうことを聞いてくれるわけでもない。
合格する者がいる一方で、見事に醜態をさらし、不合格となる者もあとを絶たなかった。
いよいよ明雄の番が廻ってくる。初めて着る憧れの飛行服に嬉しさを隠せなかった。
「佐野練習生、空中操作同乗出発します」
指揮官に報告して操縦席乗り込む。後部席は担当教官が試験官として乗り込んだ。
操縦桿を握り、やや緊張した面持ちでエンジンを作動させる。
カララララララララ・・・と乾いた音のあとにエンジンが作動しドゥルン!ドゥルルルルルルルルルルと轟くエンジン音。
フットペダルを踏み込みプロペラの回転数を上げると、ブフォォォォォォォォォンという音に変わり、砂埃が激しく舞い上げられる。
手順通り滑走路を疾走させ、半ばまで進むと、後方で教官がなにかを叫んでいた。
「・・げろ」「・・を引け」
「?」
「機首を上げろ! 操縦桿を引け!」
明雄は慌てて操縦桿を引いた。
フワリ、という表現の通りに機が宙に浮く。
「おォー」
思わず声を上げてしまう。
自分の意志で空を飛ぶ。そのことがあまりにも感動的だった。
しかし、次の瞬間、機体が左右に大きくブレ出した。
「バカヤロー!なにをしとるか!」教官が大声で怒鳴る。
明雄は激しく動揺したが、同時に一条の助言を思い出した。
「教官は怒鳴ることで動揺を誘うようなことをするが、それも試験の一環で、自信を持って手順道理の操作ができるかをみている。アクシデントがあっても、きちんと覚えた手順通りに立て直せれば大丈夫だ」
『そうか、これも試験の一環なのか・・』
そう考えた途端に明雄の気持ちは軽くなり、落ち着きを取り戻した。
あとは手順を1つずつ思い出しながら難なく試験を終えることができた。
結果はいうまでもなく合格だった。
『先輩、有難うございました』明雄は心の中でそう感謝したのだった。




