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還らざる翼  作者: pal
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壮行会

汽車の中で、明雄は考えていた。両親のことや、美沙と一条のことを。

予科練へ入隊する際は「お国のためにしっかりやってこい」と言って見送ってくれた父と母が、まさか泣くとは思ってもみなかった。


駅で涙ながらに見送ってくれた両親の姿を思い出すと、早まったことをしたんだろうか、との思いが拭えない。

いくら想い人のためとはいっても、それが自分の両親を悲しませるだけの意味があるのだろうかと。


しかし、美沙のことを想うと、一条を()かせることも難しい。明雄にとってはまさに苦渋の選択だった。


あれやこれやで色々と思案していると、腹が鳴った。明雄は空腹を感じると、母から貰った握り飯を思い出して、頬張るように食べた。


母の握り飯を味わうのも、もしかしたらこれが最後かと思うと泣けて来たが、『こんな時でも、腹は減るのだな・・』そう思うと、可笑しく思えて、思わず涙を流しながら笑う明雄だった。



兵舎最寄りの駅に到着すると、明雄は駅構内のトイレの手洗いで顔を洗い駅をあとにしようとした。

泣き腫らした顔で隊に戻ることは憚られるためだ。


「佐野・・・」

駅の改札を抜けて出て行くと、明雄を呼び止める声がした。

振り返ると、そこに一条がいた。


怪我が治っていないため、包帯を巻いた腕を肩吊りしている。

一条に気が付いた明雄が敬礼をすると、一条も左手で礼を返す。


「今日、お前が還って来ると聞いて待っていた」

明雄に対するいつもの砕けた感じの一条の表情はそこにはなかった。


「先輩に対して大怪我を負わせるようなことをして申しわけありませんでした」

一条に対して怪我を負わせたという負い目が明雄の心中にはあり、深々とお辞儀をして謝した。


「済んでしまったことはどうでもいい。それより、配属が決まったそうだな・・・」

一条がぼそりと言った。


「はい、今週末に移動とのことです」

「そうか・・・。俺と美沙で相談したことだが。じつは、お前の壮行会をしようと思っている。来れそうか?」

「送別会ではなく壮行会ですか?」

「壮行会だ」

一条は言い切った。


「わかりました。喜んで伺います」

「よし!では今夜迎えに行くから門で待っててくれ」

「今夜ですか?ずいぶん急ですね・・」

「お前の移動まで時間がないからな・・・ちなみに分隊長には話を通してるから、挨拶だけはして出てこい。わかったな」

「わかりました・・・」

「話はそれだけだ、じゃあな・・」

一条は空いたほうの手で明雄の肩を叩いて去っていった。



「待ったか?」

「いえ・・」

夜を迎え、明雄が門の前で待っていると、約束通り一条が迎えに来た。


「じゃあ、行くか・・」

そう言うと一条は明雄の前を歩いて道を急ぎだす。


「どこへ行くんですか?」

「美沙の家だ」

一条が訊くと明雄はそう答えた。


「美沙ちゃんの家って空襲で焼け落ちたはずですが・・」

「ああ、アパートだよ。今は一人で部屋を借りて住んでる」

「昨日、帰省したときに美沙ちゃんのお婆さんが疎開して来てたみたいなんですが、一緒に疎開しなかったんですかね?」

「美沙はこっちで病院の仕事に就いた。その都合で一人でとどまっているとのことだ」

「一条先輩の看病をしてるってことですか?」

「俺一人が担当じゃないけどな」

そんな話をしている間に美沙の家に到着する。


「こんな近くだったんですか?」

そこは兵舎から徒歩で10分程度の場所にある、古びた木造アパートだった。

一条の入院先はそこからまた徒歩で15分程度の場所にある。


明雄は一条の導きに従い2階に上がる。

すぐそばのドアを一条がノックすると「はーい」という女性の声が聞こえてきた。

明雄には声の主が美沙だということがすぐにわかった。

すぐに美沙がドアを開けて出迎える。


「いらっしゃい、明雄君」

美沙はニコニコした笑顔で、明雄の訪問を喜んでくれているようだった。


「入って、入って」

美沙に促され、一条からは後ろから肩を押されるように部屋に上がる。


部屋はこじんまりとして、玄関のすぐ横に流し台のある四畳半、襖を隔てた奥に6畳間と押し入れといった間取り。

トイレは共同、風呂は無し。被災間もない入室のため家具らしい家具はほとんどなかった。


それでもどこから調達したのか、料理と酒はすでにちゃぶ台の上に用意されていた。

料理といっても焼き芋に乾パン、金平糖、落花生。あとは軍より支給された缶詰だった。


「こんなものしか用意できなかったけど・・」

美沙はすまなそうに言ったが、配給も滞りがちなことを考えると、立派なごちそうだった。


「いや、充分だよ」

明雄がそういう横から一条が口を出した。


「そんな話はいいからサッサと飲もう。ほれ佐野」

そういう一条から渡されたグラスを受け取るとウィスキーを注がれる。それもストレートで。


よく見ると一条の後ろにウイスキーとラムネが数本置かれていた。


「ウイスキーとかどこから用意してきたの?」

「それはお兄さんが持ってきてくれたのよ。缶詰もだけど・・」

「そうなの?」

明雄は一条を見た。


「これは分隊長が餞別としてくれたんだ」

そう言う一条は少しドヤ顔だった。


「分隊長が?」

「お前、ちゃんと分隊長に挨拶してきただろうな?」

「してきましたよ。というか、挨拶してこいってこういう意味だったんですか?」

「そういうことだ、ほれ美沙もグラスを持って乾杯しよう」

「わたしは少しでいいよ」

そういう美沙のグラスには指一本分の量のウイスキーが注がれた。


一条が音頭をとって、3人で乾杯する。

一条は慣れているようだったが、一条を真似て飲んだ明雄は度数のきつさに大いに咽込(むせこ)んだ。


「ウッ、グゲェ、ゲッホ、ゲホ・・・なんすか、これ?」


美沙が慌てて水を明雄に手渡す。

「はい、お水・・大丈夫?」

「ありがと・・・」


明雄は美沙から受け取った水を一気に飲み干す。

「おいおい、大丈夫か?」

「きついですよ、これ」


そういう明雄の横で、美沙がウイスキーを舐めるように口に含んだ。

「ウェー・・・なにこれ、まっずーい」

美沙は思い切り顔をしかめて言う。


「そうかなぁ・・・」

一条は、再度味を確かめると首をかしげた。


「わたしラムネのほうがいい・・」

「あ、じゃあそのグラスにラムネを入れて割ってみれば?」

一条がそう提案した。


「えー、やだよそんなの」

美沙が声を上げて嫌がったが、そばで明雄が「うまい!」と声を上げた。

「ラムネで割るとすごくうまいよ、これ」

「ホントに?、あ、ホントだ、これおいしい」

明雄に言われて真似した美沙もウィスキーのラムネ割を気に入ったようだった。


そんな光景を見ていた一条は、この二人はいつまでたっても子供だよな・・・そう思った。

「お前らはホントに子供舌だよな」

「子供でいいもーん」

一条がからかい気味に言うと美沙が少し拗ね気味に返す。


酔いが回り、3人の昔話に花が咲く。

一条と美沙という、明雄にとって気の置けない二人と交わす杯は、心地よいものだった。

それと合わせて、酒の口当たりの良さに明雄はつい盃を重ね、やがて、酔潰れて眠り込んでしまった。


「明雄君寝ちゃったね・・・」

寝ている明雄の顔を覗き込見ながら美沙はそう言った。

「昨日もあまり寝ていないようなことを言っていたから、疲れていたんだろうな」


一条はそう言う横で、美沙が明雄の額の痣にそっと指先で触れた。

「これ・・・痣・・・」

「痣・・?」

そう言われて一条も明雄の額を覗き込んだ。


「お兄さんと一緒にわたしを助けてくれた時の・・」

「ああ、あの時の痣か・・・」


そう言って一条はやおら立ち上がる。

「さて・・・・と。俺はそろそろお暇するかな」

「あ、途中まで見送るよ」

「そうか、すまんな」


外へ出た美沙は夜空を見上げる。

「月・・・綺麗だね」

「そうだな・・・・・」

美沙の言葉につられて一条も月を見上げた。


「美沙・・・・・」

「ん?」

「佐野のことは好きか?」

「・・・うん」

一条に気兼ねして、美沙は少し考えて答える。


「そうか・・・。もし、俺が特攻へ行くことになっていたら、お前のことは佐野に頼むつもりだった・・・。もちろん、お前の気持ち次第だが、佐野もまんざらでもなさそうだったしな」

「明雄君がわたしを?・・・・そうなのかな?」

「あいつが俺の身代わりになった理由は、第一にお前のためだろう・・・。好きでもない女のために誰がそこまでする」

「そうだよね・・。ねぇお兄さん・・・」

「ん?」

「やっぱり明雄君に生きていて欲しいよね・・・」

「・・・・そうだな」

一条と美沙はお互いがそう言うと、明雄がまだ酔いつぶれて寝ているであろう美沙の部屋の扉に目を向けた。


「分隊長の許可は貰ってあるが、消灯時間までにあいつが戻れるように起こしてやってくれないか」

しばらくの沈黙のあとに一条は美沙にそう言い残し病院へと帰っていった。

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