明雄の特攻志願
海軍特別警察隊に明雄が拘束されてから3日後、一条の元に軍警察の関係者が報告に訪れた。
「結論から申し上げますと、今回の事件は不問に付されることとなりました」
軍警察関係者からそう告げられると、一条と美沙は胸をなでおろした。
「では無罪だとわかったんですね?」
美沙が嬉しそうに訊いた。
「いえ、無罪ではありませんでした。また、情状酌量が認められたわけでもありません」
軍警察関係者がそう答えると、一条が訝って尋ねる。
「どういうことでしょうか?」
この話の真相はこうであった。
海軍特別警察隊の尋問に、明雄は当初ダンマリを決め込んでいた。
だが、業を煮やした軍警察が拷問を匂わせると、さすがに口を割らざるを得なかった。
そこで明雄は、美沙との関係の絡みで、一条を特攻に行かせたくなかったと答えたのである。
当然、この報告に軍の上層部は激怒した。
そのような理由で志願兵を潰されては、特攻という作戦自体が成り立たなくなってしまうからである。
当初、軍の上層部は明雄に対し、厳罰をもって対処する方針だった。
しかし、特攻隊員として内々に決定していた一条が怪我をしたという事実が事態を一変させた。
要は、一条が欠員となったことによって作戦が滞ることを懸念したのだ。
そこで、したたかな軍上層部は、明雄に裏取引を持ちかけた。
それは一条の身代わりとなって、特攻に志願しろというものだった。
当然、それは一種のペナルティとしての意味も含まれている。
志願自体、表向きには拒否も可能ではあったが、軍上層部の命を受けた軍警察は、明雄が拒否できないように、狡猾に誘導した。
一条の特攻を回避させたいという、明雄の弱みにつけこんだのだ。
「佐野1等飛行兵・・・君は一条1等飛行兵曹と懇意にしていたということだが、実は2人で共謀して芝居をしたのではないかね?」
「どういうことでしょうか?」
「つまり、君一人の一存ではなく、一条1等飛行兵曹、彼自身にも特攻を忌避する思惑があって、君が協力したのではないかということだ」
一条に責任が及ぶことを恐れた明雄は顔色を変え否定した。
「そんなことはありません。すべて自分の一存です」
「しかし、一条1等飛行兵曹の怪我が比較的軽かった事実を考えると、上層部ではそう疑うものが少なくない。このままでは一条1等飛行兵曹が罪に問われるのも時間の問題だろう」
一条が罪に問われれば身柄はどうなるのか、美沙はどうなるのか、明雄は目の前が真っ暗になる思いだった。
取調官はそんな明雄の気持ちには構わなかった。
「だが、兵の士気にもかかわるため、軍としてはこの事件を公にはしたくないのだ」
取調官はそう前置きして続ける。
「そこで提案だが・・・。君が特攻隊に志願するなら、この事件は不問にしてもよいという上層部の意向がある」
「先輩の身代わりになれということですか・・?」
「どう捉えようと、それは君の勝手だ。佐野1等飛行兵」
少し沈黙したあと、明雄が答える。
「もし自分が拒否すれば?」
「簡単なこと、怪我が回復した時点で一条1等飛行兵曹に特攻の命令が下ることになる・・・・・・」
明雄は、ひたすらに考えた。
迷う明雄に対して、取調官は条件をつけ加えた。
「ひとつ言い忘れていたが、君が了承すれば一条1等飛行兵曹の特攻志願は却下される」
「本当ですか?」
「そうなれば、君の想い人も救われることになるだろう・・・・。さて、どうするね・・・・・?」
「・・・・・わかりました。特攻隊に、志願します」
こうして、一条、延いては美沙が助かるという取調官の言葉に、明雄は志願を決断した。
そして、明雄の志願は即決で認可され、特攻隊に配属される運びとなった。
だが、明雄は知らなかった。明雄の放った銃弾は一条の右肘靭帯を損傷させ、回復に時間を要すると診断されていたこと。それによって、一条の特攻隊への配属がすでに取り消しになっていたことを。
話は一条の入院先に戻る。
一条の元に訪れた軍警察の関係者は報告を続けた。
「佐野1等飛行兵は、自ら特攻に志願するという行為をもって反省の態度を示したため、お咎めなしという決定に至りました」
軍警察の関係者は自分たちが明雄を嵌めたという事実は伏せて報告する。
美沙は驚きのあまり、両手で口元を抑えていた。
部屋に一条の大声が響く。
「佐野が、そんな!・・・・。特攻を一番嫌がっていたあいつがなんで自ら志願するんですか!」
「詳細については小官は存じ上げません。ちなみに、佐野1等飛行兵の配属は1週間後とのことです」
「1週間後!?そんな急に、なぜ?」
「もともとこの予定は一条1等飛行兵曹の配属予定だったものです」
「つまり、自分が怪我をして空いた穴を埋めるために佐野に身代わりを強要したってことですか?」
「強要はしていません・・・。ただ、佐野1等飛行兵が志願すれば、一条1等飛行兵曹の志願は却下する、と申し上げただけです」
そんな条件をつきつけられれば、明雄がどう判断するか、一条にはよくわかっていた。
「そんなことを言えば明雄が志願するに決まってるじゃないか!」
一条は怒号をあげた。
美沙は、両手で口を塞いだまま、その目から大粒の涙をボロボロと零していた。
美沙を泣かせたくない。そう願った自らの行為が、図らずも美沙を悲しませる結果に至ったことを明雄は知らずにいた。




