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還らざる翼  作者: pal
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銃撃

美沙と別れて帰投した明雄は、急いで一条の元に向かった。


「佐野!」

明雄が兵舎に辿り着くと、一条が先に声を掛けたてきた。


隊では空襲にって戻ってきた練習生たちによって、次々と被害の報告がもたらされていたからだ。

当然、空襲によって美沙の家が焼け落ちたという報せはすでに一条にも届いていた。


「一条先輩!」

「話はみんなから聞いた、美沙は無事なのか?」


開口一番に一条は美沙の安否を尋ねてきた。


「美沙ちゃんも、お婆さんも無事です」

その言葉に一条は心底安心したように見えた。


こと、ここに至っては美沙の窮状を支えられるのは一条をおいて他にはない。

明雄はそう思い、素直に言った。

「こんなときに美沙ちゃんを支えていけるのは先輩しかいないでしょう」


一条は黙って聞いていた。


「・・・一条さん!」

明雄は悲痛な面持ちで、叫んだ。


「わかっているんだ・・だが、志願してしまった以上、もうどうにもならん」

一条は目をきつく閉じたまま、声を絞り出すように答えた。


「国を・・国家を護る前に!・・愛する人間の幸せも守れないってなんなんですか!」

明雄は怒った・・・・はじめて本気で一条に対して怒りをぶつけた。


自身の無力さを感じながら、明雄は美沙との約束の日を迎えた。


小学校へ出かける前の準備をしているところに、一条が現れ明雄に訊く。

「美沙のところに行くのか?」

「はい・・・」

「そうか・・・」


一条がなにをしに現れたのか、明雄にはよくわからなかったが、なにか言いたげな様子であることは理解した。そして、しばらく戸惑いを見せていた一条が口を開いた。


「すまんが、俺を美沙の元に連れて行ってもらえないか・・?」


一瞬、明雄は一条の言葉を聞き間違いではないか疑ったが、すぐに聞き間違いではないことを悟る。


「喜んで、ええ、喜んで連れていきますよ・・一条さん」


かたくなな一条の態度が軟化したことに明雄はホッとした。

同時に、美沙の喜ぶ顔を想い浮かべ、とても嬉しく思った。


「近くの小学校の方へ避難してるので、そこで会えますよ」

明雄はそう説明して、一条を案内して歩いた。


しばらく歩いていると、突然空襲警報が鳴りだした。


ヴゥーーーーーーゥ・・ヴゥーーーーーーゥ・・

ヴゥーーーーーーゥ・・ヴゥーーーーーーゥ・・


「また空襲でしょうか?」

「わからん・・・だが注意しろ、とりあえず美沙のいる小学校に防空壕があるはずだから、そこまで急ごう」

そういう一条の指示に従って、急ぎ足で美沙の元に向かい始めた。


だが、そんな2人を見つけて、1人の官憲が怒りながら近づいてくる。

「コラーッ!貴様ら警報が聞こえんのか!さっさと近くの防空壕へ避難しろ!」

「官憲ですよ・・・どうしましょう?」

「捕まるとめんどくさそうだし、逃げよう・・」


そう言って逃げ出そうとした矢先、遠くの空にキラリとなにかが光った。

「あれはなんでしょうか?」


明雄と一条は立ち止まったまま、その光るものに目を凝らした。その間に官憲が2人に追いつき肩を掴んだ。

「おい、あれは米軍機じゃないか?・・」

「ずいぶんと低い高度ですが・・・・・・あっ!」

「おい!貴様ら・・人の話を聞いとるのか!」


飛行訓練を受けている明雄と一条は米軍機の意図を悟った。

「ヤバイ!みつかった!急いで隠れろ!」


まっすぐに突っ込んでくる米軍機に対して、明雄と一条は左右に散るように逃げた。

明雄は近くの側溝に身を隠し、一条は草むらの遮蔽物に飛び込む。その直後に銃撃が始まった。


ズドゥタタタタタタタタタタタタタタ・・・・


明雄たちを捕まえに来た官憲は、米軍機の意図に気がつくのが遅れて、そのまま機銃掃射の餌食となる。


米軍機は明雄たちをあざ笑うかのように、そのまま去っていった。

だが、明雄は再び米軍機が戻ってくることを恐れて、しばらく動けなかった。


やがて静かに側溝から顔を覗かせて辺りを窺う。

道の真ん中に明雄たちを引きとめていた官憲が倒れていた。見るも無残な姿になり果て、即死だったことは明白だった。


一条はどうなったのか、明雄は気になり、反対側の草むらへと駆け込む。明雄が見つけた時、一条は頭から血を流して倒れていた。だが、撃たれたということではなく、たまたま飛び込んだ先に大きな石があって、頭をぶつけ気絶したらしい。


そのことがわかると、明雄はひとまずホッとした。だが、結局、このままなら一条は特攻隊として死ぬことに変わりがない。複雑な思いがよぎる。


ふと、死亡した官憲の腰にある拳銃に気がつく。同時に、分隊長のセリフが明雄の脳裏に浮かんだ。

『任務に支障を来すほどの怪我でも負わない限り無理だろうな・・・・』

『任務に支障を来すほどの怪我・・・』


明雄は官憲の腰から拳銃を取り出すと、一条に銃口を向ける。射撃の訓練は受けているが、人に向けて撃ったことはない。

ましてや相手は敬愛する先輩なのだ。銃を構えた両腕が、ガタガタと大きく震えだす。


「一条先輩・・・」

明雄は一条を見つめ、そして、あの日、神社で見た美沙の涙も思い出した。


『このままでは、また美沙ちゃんが悲しむだろう・・もう2度と彼女を泣かせないんだ・・』

そう思った刹那に、明雄は引き金を引いていた。


パァーーン・・・・


乾いた銃声があたり一面に響きわたった。


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