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還らざる翼  作者: pal
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空襲

明雄が連隊長に怒鳴られた週に迎えた休日。その日も一条が倶楽部には来なかった。


「お兄さんは今日も来ないのかな」

明雄が一人でやって来たのを見て美沙は寂しそうに(つぶ)やいた。


「一緒に行きましょうって、誘ってはいるんだけどね・・ごめんね」

明雄は自らの力不足を美沙に詫びた。

「明雄君が悪いわけじゃないから、謝らないで」

「うん・・・でも、なんで来ないんだろうね?」

一条が美沙の元に来ない理由が、明雄にも美沙にも考えつかなかった。


そんな中、突然けたたましい空襲警報が鳴り響く。


ヴゥーーーーーーゥ・・ヴゥーーーーーーゥ・・

ヴゥーーーーーーゥ・・ヴゥーーーーーーゥ・・


休日ということでのんびりしていた練習生たちにも緊張が走る。

寝転がっていたものは顔を上げ、将棋を指していたものはその手を止めた。


続いて上空からグォングォングォンと響いてくるエンジン音。

アメリカの爆撃機である。


ヒュゥルルルルル・・ヒュゥルルルルル・・

ドゥガガーン


爆弾の風切り音と共に爆弾の炸裂する音が響く。

爆弾が集中して落とされる様子から、攻撃目標は近くの航空基地と思われた。


「空襲だ!」

「防空壕に避難しろ!」

「急げ!」

怒号に似た声が交錯する。


明雄は急いで美沙とお婆さんを連れて、他の練習生たちに交じって避難を始めた。

途中、防空壕そばまで来て、慌てていた美沙が「大事なものを忘れた」と言い出す。


すでに周辺は爆弾と共に撒かれた焼夷弾の影響で、そこいらじゅうで火の手が上がり始めていた。

「今から戻るのは危険だ!」明雄は美沙を説得する。

だが、美沙は「行かせて!」と、いうことを聞きそうもない。


美沙が必死に叫ぶ。

「お母さんの形見が燃えちゃう!」

美沙がそう言い放った瞬間、明雄の脳裏に美沙の両親が亡くなった日のことが蘇る。

美沙はもう泣かせたくない・・・と明雄は思った。


「形見はどこにあるの!?」

「?・・わたしの部屋の机の引き出しの中に・・」

「僕が取ってくる」

そういって明雄は飛び出した。


「佐野!戻れ!」

「明雄君!危ないよ!」

仲間と美沙が叫んで止めようとする。


燃え盛る火の海の中、明雄は美沙の母の形見を取りに戻った。

明雄が到着したころ、美沙の家は焼夷弾による炎で延焼し始めていた。

だが、まだ中から荷物を取り出す余裕くらいはありそうだった。


明雄は土足のまま、急いで美沙の部屋に向かう。

美沙の部屋の片隅には、小さな文机があり、引き出しを開けると、中に白い巾着があった。

美沙の母親が肌身離さずに身に着けていたものだ。

その巾着の中に、なにやら重くて固いゴロっとした塊のようなものがあった。

不審に思い、中から取り出すと、それはいつぞや美沙にあげた明雄のベーゴマだった。


『美沙ちゃん、こんなものを大切い取っておいたのか』

明雄はそう思ったが、すぐ取り出したコマを巾着に戻してを急いで引きあげようとした。

そのとき、引き出しの中から一通の封筒を発見した。


『一条仁様』そう書かれた封筒は明らかに一条に宛てたものだった。

(つたな)い筆跡だが、明らかに美沙の書いた文字だった。

それを見て明雄は一瞬固まる。


『これは先輩に宛てた手紙・・・なんの手紙なんだろうか』


そして、一条が特攻隊に志願したと伝えた時の、美沙の寂しげな表情を思い出した。

明雄はやるせない思いに駆られ、同時に、その目の前の手紙をどうするか悩む。


しかし、悩んでる間にも炎はどんどん勢いを増していく。


『迷ってる暇はない』明雄はそう決断して、その封筒を取り出すと、急いでその場を離れた。

だが・・明雄は気がつかなかった。引き出しの奥にあったもう一通の封筒に・・・・。


『佐野明雄様』・・・・そう宛名された手紙は、炎に包まれながら、美沙の家が焼け落ちるとともに、灰燼かいじんに帰した。



空襲が去ると、防空壕を出た練習生たちは急いで隊へと戻っていった。

だが、美沙の家も含め、周辺の家々は皆、焼夷弾による火災で焼け落ちている。

その光景を見たものは、あまりの惨状に膝から崩れ落ちるものが多かった。

これから本格化する冬を前に、着の身着のままで焼け出されたのだ。


美沙も、その状況を祖母と一緒にただ茫然と眺め立ちつくすのみだった。

その手には、明雄から渡された母の形見が握られている。


「おーい!おーい!」

どうすればいいかわからず途方に暮れていると自治会長がやってきた。


「無事か?」

どうやら、避難先を案内して回っているようだった。


「この先の小学校で被災者を受け入れているから、そこへ避難しなさい」

自治会長に言われ、明雄と美沙は近くの小学校へお婆さんを伴って向った。


空襲が収まったとはいえ、燃え残った家の残骸が、まだ生暖かさを残し、(くす)ぶりながら立ち登る煙の焦げ臭い匂いが立ち込めていた。

その家の家族と思われるものが、泣きながら必死で家財を掘り起こしている様子を横目に、明雄と美沙は道を急ぐ。


小学校は、アメリカ軍の攻撃目標から離れていたことと、民家から離れていたことが幸いして、戦火を(まぬが)れて無事だった。


明雄は小学校まで美沙を送り届けると、「次の休みには、またここに来るよ」と言い残して帰った。


小学校の中は運び込まれた傷病者で溢れかえっており、美沙は校舎内にお婆さんを休ませると、自身は炊き出しと傷病者の手当てを手伝うのだった。



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