野外演習
入隊より半年が過ぎたころ、野外訓練が行われることになった。
訓練はさすがに辛かったが、休日以外に外に出ることなど許されない練習生たちにとって、心が躍るようなイベントだった。
訓練が終わると各班ごとにバスに分乗し、軍が依頼した野外訓練場に隣接する民家にそれぞれ宿泊する。
明雄たちがお世話になる農家は、老夫婦と5歳の子供とその母親のいる家だった。
その家の息子さんは海軍の下士官だったそうだが、戦死したということだった。
訓練を終えた明雄たちは茶などでもてなされ寛いだ。
しばらくして風呂が沸くと、家の人に案内され1人ずつ風呂に入る。
母屋の端に隣接された狭い風呂場に手狭な木桶風呂。
周囲を囲う木璧の格子から夜空が見えた。
肩まで浸かれる風呂は久しぶりで、時間が短いことを除けば、プライベートが保たれることも嬉しかった。
風呂から上がれば、待望の食事が始まる。
食事はかしわ飯のおにぎりだった。
鶏肉とゴボウのささがきを油で炒め、程よく火が通ったところに醤油と砂糖で味付けした具を、白いご飯に混ぜた飯を握った素朴なおにぎりだった。
味付けは濃いが、日ごろの訓練で疲れ切った躰にはちょうどいい味付けで、皆で、「うまい、うまい」と食べた。
寝床には布団が敷かれた。
いわゆる、せんべい布団であったが、いつも寝る吊り床とは雲泥の差で、とても気持ちがよかった。
夜中、明雄は小便を催した。
トイレは母屋から離れているため、外に出て、月明かりを頼りに用を足しに行く。
小便をしながら、トイレの窓枠から月を眺めた。
満月のいい月だった。
ふと視線を母屋に向けると、農家の家族がなにかを食べていた。
『なにを食べているんだろう?』
興味を惹かれた明雄が目を凝らして見てみる。
茶碗の中にあったものは、得体の知れない、黒く薄汚れたものだった。
子供が「かしわ飯が食べたい・・」と駄々を捏ねていたが、「あれは兵隊さんたちのために作ったものだ、文句言わずに食べなさい」と老人が言う。
その食事と会話の内容に、明雄はショックを受けた。
部屋に戻ると、明雄は皆に相談を持ち掛けた。
「みんな、聞いて欲しいことがあるんだが」
「なんだ?ケツを貸してくれというのはお断りだぞ」
誰かが冗談を言うが、明雄は無視して続ける。
「じつは、さっき便所に行って知ったんだが・・・」
明雄は先ほど目にした光景を伝えると、仲間たちはその話を皆、黙って聞いていた。
「考えてみれば、この戦時下で砂糖なんてほとんど手に入らない。自分たちのために大事にとっておいたのだろう」
誰かがそう言うと、皆、身につまされる思いでうなずいた。
「うちにも、この家の子供と同い年くらいの弟がいるんだが、その子供と弟がどうしても重なって見えて、他人事とは思えないんだ」
仲間の一人がそう言うと、誰ともなしに言い出し相談が始まった。
「なあ、今夜のお礼として、俺たちになにかできることはないだろうか?」
「俺たちが持ってる菓子やら缶詰などを皆で出し合ってあげたらどうだろうか?」
「あれは官給品だろ?いいのか、勝手に渡して」
「どうせ俺たちが食べればなくなっちまうし、バレやせんだろ」
「そうだな、俺たちはまた貰えるし、俺たちの持ち物で喜ばれそうなものは、それくらいだろうしな」
結局、全員がその意見に同調し、各々少しずつ官給品を出し合った。
翌日、農家の老夫婦に昨日のお礼として皆で出し合った官給品を渡そうとした。
老夫婦は受け取れないと言って断っていたが、誰かが渡したお菓子を子供が喜んで食べていた。
その子供の姿を見て練習生たちが言う。
「私たちの仲間にも、あれくらいの年齢の弟がいるやつがいるんです。他人事とは思えない。ここは私たちの気持ちを汲んで、受け取ってもらえないでしょうか?あの子供のためと思って・・」
老夫婦は「ありがとう、ありがとう」と目頭を押さえながら頭を下げて礼を述べた。
「昨日のおにぎり、おいしかったです。ありがとうございました」
明雄たちはそう言って敬礼すると、バスに乗り込んで帰投についたのだった。




