暗幕の中の秘密
美沙との再会を果たした翌日の未明・・・
いつも通り「総員起こし」の合図を待っていた。
ところが・・・・
ヴゥゥゥゥ・・ヴゥゥゥゥ・・という警報音が鳴りだす。
パン!・・パパン!・・パン!
遠くで高射砲の音が聞こえる、
床にいる全員が「なにごとだ?」と思ったが、「総員起こし」の合図があるまで起きれない。
結局、その日の「総員起こし」はかなり遅れて始まった。
午後になって、重要な話があると言われて全ての練習生たちが呼び集められた。
普段なら連隊長がそれぞれの練習生を統括するのだが、その日は校長が直々にやってきた。
「気を付け!」
「敬礼!」
いつも通りの号令を受け、皆が一斉に起立して敬礼をし、「着け!」の挨拶で着席した。
校長が話を始める前に、外から見えぬよう、窓という窓に暗幕が張られる。
いつもとは違う様子に、練習生たちも尋常ならぬものを感じていた。
『いったい何が始まるのだろう・・・』
明雄も緊張した面持ちで事の成り行きを見守っていた。
全ての窓に暗幕が張られ終ったあと、校長は教壇の前に立った。
そして握りしめた手を口の前に置き「オホン!」と咳払いしてから言葉を発する。
まず、本日未明の警報が、米軍の戦闘機襲来によるものであったことを告げられた。
米軍の戦闘機がいよいよ本国にまで及んだのか、皆そう不安に駆られた。
だが、そんな練習生たちの不安をよそに校長が本筋を話しだす。
「先般、貴様らの先輩たちが、勇敢にも特攻という尊い使命を果たし、数々の戦果を挙げ、米軍を撃退したことは知っての通りである。この戦果をより確実なものにするため、司令本部より、新兵器を研究開発する旨の通達があった。それに伴い、その研究開発に協力する、搭乗員の志願を募れという命令が来ている」
そう発言して校長は続けた。
「誰か志願する者はいないか?」
そういって見回すが、練習生たちは誰も名乗り上げなかった。
しばらくの間、沈黙が続いたあと、教官の一人がしびれを切らして言葉を発する。
「貴様ら、最新の戦闘機に乗れるチャンスだぞ」
だが、校長の話から察するに、研究開発する兵器が通常の戦闘機ではないことは容易に想像がついた。
したがって、おいそれとは志願できなかった。
明雄はまっすぐ前を向いたまま、上官と目を合わせないように、目立たぬように、少しだけ首を左右に動かし目で周囲を見渡す。
しかしというか、やはりというか、皆、顔はまっすぐ前を向いたままなのだが、上官と視線を合わせないようにして黙っていた。
明雄同様に周囲を見回す訓練生と目が合う。
口にこそ出さないが、皆思うところは同じようだった。
下手に上官や司令官と目が合えば、指名されるかもしれない。
皆それを避けるために目を合わせないのだ。
そもそも、海軍全体を見渡せば、優秀なパイロットならもっといるはず。
なのに、自分たち訓練生なんかに新兵器開発の話をワザワザ持ちかけてくること自体が不自然すぎるのだ。
しかも、外から見えぬように、窓に暗幕を張るなどと、あまりにも怪しすぎる。
明雄はそう考えた。
いや、明雄に限らず誰もがそう考えるだろう、ゆえに誰も志願に応じないのだ。
そこで仕方なく教官自ら志願者を指名する形で応否を問う。
まず、一条に白羽の矢が立った。成績から順当に考えれば当然の選択といえる。
「一条、貴様は成績も優秀だし、任務を全うできると思うが、志願する気はないか?」
指名された一条は起立して答える。
「自分にこの任務を全うできる能力ありと見込んでいただきありがとうございます」
ここまでは教官も機嫌のよい顔をしていた。
「しかしながら、自分はこの任務に対する志願を望みません」
一条がそう言ったとき、教官はあからさまに不機嫌な顔になった。
「拒否するというのか?」
一条を睨みながら教官は言う。
「理由は?」
「理由を申し上げてもよろしいのでしょうか?」
「いや、やはり言わんでいい」
教官は相手が一条であることで、思いなおし、あえて理由を訊かなかった。
なぜなら、一条は頭がよく弁が立つ。たぶん皆が納得する正論を述べるだろう。したがって一条に理由を述べさせて、他の練習生にまで影響が及ぶことを懸念したのだ。
だがその後、教官が他の数名を指名するも、皆拒否した。
一番初めに指名した一条が拒否したことで、拒否することに他の者が抵抗感を感じなくなったためである。
教官は一番初めに一条を指名したことに対し、心の中で密かに臍を噛んだが、拒否に対する心理的な垣根が取り除かれたことは如何ともしがたかった。
結局、校長も諦め、「志願したい者はあとで教官に名乗り出るように」と言い残すのみにとどまった。
そして教官の「解散」の言葉を合図に、皆が散っていく。
教室を出た明雄は、一条をみつけ、話し掛ける。
「一条先輩」
「お、佐野か、どうした?」
「さっきの校長の話をどう思いますか?」
「新兵器の開発の件か?」
「そうです」
「まあ、校長の話ぶりからすると通常の兵器ではないな」
「ですよね、ところで、特攻の話題で持ちきりですが、先輩はどう思われますか」
「戦えというなら異存はない、だが死んでしまっては武器も取れないし、それ以上戦えないことを考えると、特攻が果たして正しいことなのかは理解に苦しむ」
「自分も同感です」
「戦闘機乗りに志願した以上、武器を持って戦うことは否定しない。むしろ国を守るためなら進んで武器を取ろうと思う。そのうえで武器弾薬が底をつきやむを得ず突撃しろというなら、まだ納得できるが・・・」
「自分には、まず特攻ありきの作戦がまともには思えないのですが、上層部は考え方がおかしいんじゃないでしょうか」
明雄がそう言うと一条もうなずいた。
が、すぐに「しっ・・」と小さく言いながら人差し指を口元に立てて黙るようにジェスチャーをする。
寸分違わず、明雄の後ろから教官が声をかけてきた。
「貴様ら、さっきから何をゴチャゴチャ言っとるか」
「いえ、なんでもありません、教官殿」
一条は敬礼して言った。
それを見て教官が苦々しそうに言う。
「ふん!・・一条・・・貴様、連隊長殿や分隊長殿に気に入られてるからと言ってあまりいい気になるなよ。本来なら普段から特別扱いされとる貴様がご恩をお返しすべく真っ先に手を上げて然るべきだろうが」
教官は、そう捨て台詞を吐いて出ていった。
その教官の言葉が響いたのか、一条は表情を硬くし、その場にたたずむ。
「どうしたんですか?」
一条の様子に心配した明雄が訊いた。
「佐野・・・」
「はい」
「俺は恩知らずだと思うか・・?」
「一条先輩が恩知らずなんてことはないと思います。・・教官の言うことなんか気にすることはないですよ」
明雄はそう言ってフォローを入れたが、一条の表情が柔らぐことはなかった。




