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還らざる翼  作者: pal
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消えた美沙

美沙が叔母の家には帰りたくないと言うので、明雄は美沙を自分の家へ連れて帰ることにした。


雨の中、すでにずぶ濡れになった美沙に明雄の持ってきた傘はあまり意味がないように思えた。

だが、それでも雨が当たらないように明雄は美沙を傘の中に入れて帰路につく。


道中、美沙はなにも喋らなかった。

明雄は美沙をどうにかして慰めたいと思ったが、よい言葉が浮かばず、お互い黙ったまま歩いた。



「ただいま」

自宅に到着して玄関を開けると、明雄は奥にいるであろう母親に向かって声をかけた。


「おかえり、どうだった?」

家の茶の間から迎えに出た明雄の母がずぶ濡れの明雄の姿を見て驚く。

「あんた、その恰好はどうしたの?傘は?」


「雨が酷くて役に立たなかった」

そういう明雄の後ろに美沙がいるのに気がついた明雄の母は安心したように喜んだ。

「美沙ちゃん、よかった。どこにいたの?」

「神社にいたよ」

明雄が答える。


「そう、それより美沙ちゃんまでずぶ濡れじゃない。」

明雄の母は急いで美沙を家の中に上げると、そのまま風呂場に案内して、濡れた服を脱がせ、タオルで躰を拭かせた。


「すぐにお風呂を沸かすから、少し待っててね」

そう言ってすぐに風呂に火を点ける一方で、明雄にタオルを渡して念を押す。

「明雄は自分の部屋で着替えなさい。お風呂場に来ちゃだめよ」


風呂が沸くと、明雄の母は美沙に風呂に入るよう促した。


美沙が風呂に入るのを見計らい、明雄の部屋へ行く。

「明雄、あんた、花村さんのとこに美沙ちゃんが見つかったって伝えてきなさい」

明雄は言われた通りにお向かいに美沙が自分の家にいることを伝えた。


美沙の叔母は安堵して、美沙を迎えに来る。

明雄の母は脱衣所の外から美沙に叔母が来たことを伝えた。

「叔母さんも心配してるから、落ち着いたら顔をみせて安心させてあげなさい・・」


だが、美沙は叔母に会うことを拒んだ。

「いまは、会いたくない・・」


叔母が悪くないことは美沙も理解していた。

しかし、感情に任せて叔母に当たってしまった自分が恥ずかしく、会わせる顔がなかった。


明雄の母は、美沙の心情が理解できず、まだ気が高ぶっているせいだろうと思った。

とりあえず、「落ち着いたら帰す」という約束で、叔母にはお引き取り願うことになった。


美沙が風呂から上がると、明雄の母の寝間着を貸す。

明雄の母は恰幅の良い人だったので、美沙には大きすぎ、やや着崩れをおこしていた。


その日の夕食は、美沙はほとんど手を付けることはなかった。

それも仕方のないことだと明雄の家族は理解した。


「美沙ちゃんは、今日はおばさんの部屋で一緒に寝なさいね」

明雄の母はそういって美沙と床を並べた。


夜も更けたころ、明雄の母が目を覚ますと、隣で美沙のすすり泣く声が聞こえた。

夜中に声を殺し、枕を濡らす美沙を不憫に思った明雄の母は、美沙の隣に移動し、頭を撫でて言った。

「悲しい時は、声をあげて泣いてもいいのよ・・」

「お父さん・・お母さん・・・ウッ・・ェッ・・ェッ・・ヒック」

そう言われて、美沙は憚らずに声をあげて泣いてしまうのだった。


「昨日はありがとう・・」

少し落ち着きを取り戻した美沙は、翌朝、明雄とその家族に謝意を述べると叔母の家へと戻っていく。

そして、その日の昼頃に美沙は叔母と一緒に病院へ母の荷物を受け取りに向かった。


母の亡骸については、叔母が業者に一任し、週末には祭殿でささやかに通夜と葬儀が執り行われることとなった。

美沙の担任教師を始め、クラスメイトはほぼ全員、また一部の父母も参列した。

参列者に対して美沙は言葉少なげに、ただ形式的に挨拶を交わすだけで、その場にいた明雄や一条のことも気がつけないほど精神的に憔悴しきっていたようだった。


それの致し方のないことだと明雄も一条も理解し、慰めの言葉もみつからないまま美沙を遠くから見守るしかできなかった。




「頭が痛い・・・」

美沙がそう言って頭痛を訴えたのは美沙の母の葬儀後のことだった。

葬儀に訪れていた父方の祖母が心配して美沙を病院へ連れて行ったが、原因はわからず、医師からは心労だろうと診断を下される。


父と母をほぼ同時に亡くしたという事実に、美沙の受けたであろう心の傷は計り知れないものがあって当然のことだろう。

いずれにしても、しばらく安静にすることを勧められて学校を休むことになったが、1週間ほどして美沙は無理を押して登校するようになった。


しかし登校するようになって、南井が取り巻き連中と一緒になって美沙をイジメ始めるようになる。

ただ、表立った形でイジメるわけではなく、すれ違った時などに「孤児」とつぶやいて去るだけだった。


明雄の目の届く範囲ではイジメられない、明雄が怖いというよりイジメたことを第三者が判断できないように陰湿に行われたのだ。


当然、美沙からも明雄や一条の耳には入ったが、こういう連中はおしなべて性根がズルく卑怯なので、言葉巧みに言い逃れ、対応に苦慮していた。

事実、南井は「誇示」や「固辞」といった言葉を美沙が勝手に「孤児」と解釈し過剰に反応したと説明した。


明雄がそれを目撃していれば明らかに悪意があったと判断できたかもしれないが、確たる証拠も無しにそれ以上追及できなかった。


この言葉による嫌がらせに精神的に追い詰められた美沙はついに学校内で嘔吐してしまった。

そして南井は美沙のことを「ゲロ子」と呼び、さらに陰湿的な嫌がらせが起きるようになる。


この悪循環に美沙が耐え切れなくなり学校内で倒れてしまった。

両親の死後に精神的に疲弊していた美沙はさらに神経衰弱となり、とうとう不登校に陥った。


見兼ねた叔母が学校や、祖母と相談し、また美沙本人の意志もあって、美沙は父方の祖母の家に引き取られることになった。


最後に挨拶でもできればよかったのだが、その時の精神状態ではそれすら難しく、

「今まで、ありがとうと」と叔母に(ことづけ)だけを残して美沙は去り、それ以来、音信不通となる。


明かりの()かなくなった美沙の部屋を見るたび、明雄は寂しさを募らせた。

そして、もう二度と美沙とは会うことはないだろう、そう考え、再会など想像すらせずに日々が過ぎていった。

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