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還らざる翼  作者: pal
19/44

海難事故と果たされぬ約束

翌月、2月某日


その日は快晴で海も凪ぎ、まれにみる訓練日和だった。

潜水艦の艦長である美沙の父と、乗組員が全員搭乗し、各種点検が手際よく行われる。


美沙の父は、報告を待つ少しの間、発令所で家族の写真を眺めていた。

そこへ潜航指揮官がやってきて声をかける。


「ご家族のお写真ですか?」

「ああ」

「拝見させて頂いても構いませんか?」

「構わんが・・・」

差し出した1枚の写真を手渡す。


「かわいらしい、お嬢さんですね」

「跳ねっ返りだがな・・」

自分の娘を褒められて悪い気はしないが、あえて悪態をついた。


「ご謙遜を・・」

潜航指揮官がそう言って写真を返した。


そこへ別の乗組員が報告に来る。

「点検、終りました。異常ありません」


「ご苦労」

美沙の父は写真を胸ポケットにしまい込んだ。


そして、そのまま艦橋へと梯子を上る。


望遠鏡で周囲の安全を確認後、艦橋から美沙の父は命令を下した。

「進路よし、前進微速」

「前進微速よーそろー」

命令に合わせ、操舵員が復唱し艦を前進させ始める。


晴れわたる空に、いまだ冷たい潮風が心地よく流れていく。

しばらくの間、操艦者である美沙の父と操舵員の復唱のやり取りが艦内に響く。


「おもーかーじ、ふたじゅう」

「おもーかーじ、ふたじゅう、よーそろー」

「もどーせー」

「もどーせー。舵中央」

「進路そのまま、深さ100」

ハッチを締め、梯子を下りて艦内に戻る美沙の父。


徐々に潜航する艦。

美沙の父は帽子のツバを後方に回して、潜望鏡で周囲を見渡す。

周囲に艦影は無く、潜望鏡を収納する。


しばらくすると、操舵員から報告が入る。

「深さ、100」


艦が所定深度に達すると、美沙の父はさらに加速を指示した。

「前進原速」

「前進原速よーそろー」


航行は、なにごともなく順調だった。


だが、安心したのも束の間、ソナーマンは異常に接近するスクリュー音を捉えた。


「大変です!伊号艦が異常接近してきます」

「右か左か?」

「左です!」

「緊急回避!速力面舵ともに一杯!」

「ダメです!間に合いません」 

「総員、衝撃に備え!なにかに掴まれ!」


美沙の父がそう命令をした瞬間。


ゴン・・ゴキャッ・・・メキメキッバキッ・・・ブシュッー


緊急回避の指示もむなしく、艦同士が接触して、重く鈍い異様な破壊音と、水の吹き出す音が艦内に広がる。


僚艦に真横からじかに受けた衝撃で、乗組員が立っていられず、横に飛ばされたり、尻餅をついたりしていた。


ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ・・

直後に非常ベルのけたたましい音が鳴り響く。


「緊急浮上!各担当は大至急、被害状況を知らせよ!」

(くるぶし)まで水が溜まった艦内を乗組員たちが忙しく行き交う。


「浮上できません!」

「破損個所から海水が物凄い勢いで流入してきます」

「すぐに応急処置!なんとしても水を止めるんだ。手のあいてるものは排水を手伝え!」


浮上できない艦は、どんどん沈んでいく。

それに連れて増していく水圧が、さらに海水の侵入を加速させていった。


海水が膝まで達し、乗組員は焦る。

だが、さすがに鍛え抜かれ、選りすぐった帝国海軍の兵隊である。

焦りながらもパニックには陥らなかった。


乗組員たちは訓練で(つちか)った手順を踏まえ、最後まで諦めずになんとか水漏れを防ごうと努力を重ねる。


梅の咲く時期とはいえ、海の水はまだまだ刺すように冷たい。


艦内の圧力調整ができず、耳抜きが必要なほど鼓膜に圧を感じる・・・。


「艦長、もうダメかもしれません・・」

海水が腰まで浸ると乗組員の一人がそう(こぼ)した。


「まだだ!諦めるんじゃない!」

艦長である美沙の父は部下を叱咤激励した。


『部下を無駄死にさせるわけにはいかない。俺だって病気がちの妻や子供を遺して、こんなところで死ぬわけにはいかないんだ』

そんな思いが彼自身にもあった。


だが、海水が腹まで浸かると、心の中では『もう無理かもしれない・・・』と感じ始める。

もうこれまでと、さすがに観念した美沙の父は遺書を書く。


「天皇陛下よりお預かりした艦と部下をこのような形で失う事になり、大変申し訳ありません。しかし、乗員一同、みな死ぬまでその職を全ういたしました。天皇陛下におかれましては、部下の遺族が生活に困窮することが無いよう、ご配慮、給わらんことを謹んで申し上げる次第であります」


遺書を書き終わった時点で、海水はすでに胸のあたりまでおしよせている。


彼は、家族の写真をポケットから取り出し眺めた。

部下の遺族が困窮しないように遺書には記載したが、一番気がかりだったのは、やはり愛する妻と娘のことだった。


自分が死んだあとに遺される母娘(おやこ)が生活に困窮しないか、それが一番心配だった。



水位は首を超え、すでに立っていることも、ままならず、頭を上に向けて息をするのがやっとの状態になる。

それに伴い、だんだん息苦しさも増していった。


「大丈夫か?」

部下を気遣い声をかける。


「そろそろ・・ブッ・・限界・・プッ・・のようで・・ブッ・・」

「ほかの者はどうか?」

「わかり・・ブッ・・ません・・ップ・・・」

やがて、その部下の反応もなくなる。


「おい、大丈夫か?・・おい!」

「・・・・・・・・・・・・・・」

『いよいよをもってもうダメか・・』

意識が遠のく中、水に浸らないように持ち上げた写真を眺め、美沙の父は思う。


『幸子・・すまん、美沙を頼む・・・。美沙・・・約束を守れない、お父さんを・・・赦してくれ・・。』


衝突事故から3時間後、美沙の父親の乗艦した潜水艦は完全に海の底へと没した・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


一方・・・そのころの美沙は、小学校で勉強に飽いて窓の外を眺めていた。


『お父さん・・次はいつごろ会えるのかなぁ・・・』

次に会える日を心待ちにしている美沙は、父の死を、まだ知らずにいた・・・。


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