美沙、両親の愛と約束
「ただいま」
「お帰り・・・・あらまあ、二人とも顔を洗っていらっしゃい」
美沙の母は、父娘の顔を見て驚くとともに、タオルを手渡した。
美沙が洗面所へ向かうのを見計らい、美沙の母は、美沙の父の袖口を摘まんで引き留めると、やんわりと苦言を呈する。
「あなた、美沙も女の子なんですから、あの娘のお友達の前では、もう少し気を使ってあげてくださいな・・」
「すまん、すまん・・」
美沙の父は素直に謝った。
娘の事になると、普段は口数少ない母も、父に食って掛かることがある。
だが、美沙の目の前では絶対にしない。
それは、父親の尊厳を傷つけないようにするための、彼女なりの嗜みであり、配慮だった。
夕食後に父は、お正月用にと用意した秘蔵のお酒で、叔父と一献交わしながら談笑している。
美沙は母と一緒にお風呂に入っていた。
母の背中を流しながら、美沙は『お母さん、少し痩せたなぁ』と思った。
だが、母の病状が快方とは程遠いことに触れるのが怖く、あえて口にはしなかった。
その夜の就寝前、美沙は母親に神社で購入したお守りを渡した。
「ありがとう、大切にするわね」
母は嬉しそうに受け取る。
「じゃあ、そろそろ寝るね」
美沙はそう言って灯を落とした。
『明日は母が病院に戻る・・・・次に会えるのはいつ頃になるだろう?・・・・・』
色々考えて、美沙はなかなか寝つけなかった。
「お母さん、起きてる?」
『お母さんが寝てしまって、返事がなければこのまま寝よう』
美沙はそう思って声を掛けた。
「・・・・・なあに?」
少し間があったが、母から返事があったことに美沙は少し安堵した。
「明日は、病院に帰っちゃうんだよね?」
「ええ、どうかした?」
「お母さん・・」
「なに?」
「手を繋いでもいい?」
「・・・・・・・・」
やや間があってから、母娘を隔てた襖が少し開いた。
「・・・美沙・・・・こっちに手を伸ばしなさい」
言われるままに美沙は手を差し出す。
暗闇の中、手探りで娘を探す母の指先が美沙の手に触れた。
そして、探り当てた美沙の手を掴む。
「お母さんの手、あったかい・・・・」
「そう?」
「うん・・・」
「お母さんがこんな躰じゃなければ、美沙と一緒に寝てあげられるのだけれど」
「神様にもお願いしてるし・・・病気・・・治るよね?」
「美沙にお守りを貰ったんだもの、きっと大丈夫よ・・」
母はそう言うと美沙の手をギュッと握り締めた。
その手は美沙の掌を包んだだけだったが、美沙は躰ごと母に抱かれている、そんな安心感を覚えた。
やがて、その安心感の中で、美沙は眠りについたのだった。
「美沙・・・?」
母の呼びかけには美沙の返答はなく、寝息だけが微かに聞こえる。
やがて、父が様子を見に母の部屋に入って来た。
「美沙は眠った?」
「そのようです・・」
両親は襖を少し開けて静かに寝息をたてている美沙の様子を窺う。
「いい娘になりましたね・・・」
「美沙が僕等の娘でよかった・・・」
「ええ、本当に・・・」
両親が見守る中、美沙が掛布団をいきなり蹴り出し、躰が布団から露わになる。
「あらあら、これでは風邪をひいてしまうわ・・」
「美沙を抱き上げるから、布団を敷きなおしてもらえるかな」
美沙が父に抱きかかえられ、美沙の母が布団を敷きなおした。
布団に戻される少し前に目が覚めた美沙は、微睡みながら薄目を開ける。
父に抱きかかえられていることを感じ取った美沙は、そのまま寝た振りを続け甘えたが、暖かい布団の中に戻されると、やがて満足した様に眠りに就いた。
翌朝、朝食を終えると、美沙の両親は身支度を整え始める。
それを見ていた美沙は、また両親と会える日が来ると思っていても、なんとなく物寂しさを感じていた。
タクシーが到着すると、美沙は両親と別れの挨拶を交わした。
「お父さん・・お母さん・・・」
「ん?」
「また来れる?」
「また暇を見て美沙に会いに来るよ」
「約束だよ」
そう言って美沙は小指を差しだして指切りをねだる。
美沙の両親は娘の想いに応えるべく、親子で約束の指切りを交わしたのだった。
「美沙のお守り、大切にするからね・・」
美沙の母は美沙をギュッと抱きしめる。
「私達のいない間、娘のことをよろしく頼みます」
美沙の両親は、明雄やその母親にそう言い残すと、タクシーに乗り込み、その場を去っていった。