追憶
この物語はモデルとなった人物はおりますがフィクションです。
また作者の主観で描かれておりますので、あらかじめご了承ください。
物語前半はヒロインやその家族関係に重点を置いているため紆余曲折や起伏のない構成になっております。
物語が動き出すのは後半となります。よろしければお楽しみください。
『とうとう明日か・・・・・』
夜、窓辺から月を見上げ、明雄はそう感慨に耽っていた。
士官でもない自分に個室があてがわれたのは、入隊後初めてのことである。
それぞれの部屋では明日の出撃を控え、心定まらず、中には荒れている者もいる。
明雄自身も、まだ心迷い、揺れていた。
したがって、今夜だけは上官たちも気を遣ってここには近づいて来ない。
多分、夜が明けるまで、誰にも邪魔されることはないだろう。
『入隊当初とは、ずいぶんと待遇が違うな・・・』
心の中でそう思った。
開戦から3年余り経過したが、戦局は日々悪化し、軍上層部は特別攻撃隊を組織し始める。
そして明雄はその攻撃隊に自ら志願し、明日の出撃を待つ身となっていた。
「少し疲れたな・・・・」
明雄はベッドに横になると、目を瞑り、目頭を押さえる。
と同時に、昔のことを思い出していた。
入隊翌日、朝4時・・・・
まだ暗い、夜明け前の静寂の中、「総員起床ッ!」と言う班長の声で叩き起こされる。
「貴様らァ!さっさと起きんかァ!」「もたもたするな!」
まだ寝惚けていたが、班長の怒鳴り声で全員慌てて吊床を飛びだし、片付けだした。
吊床を片付けると、班長がさらに怒鳴る。
「遅い!さっさと外に出て並ばんか!」
言われるままに急いで舎外に並ぶが、朝も明けやらぬ時間に叩き起こされ、毛布から出されるとかなり寒い。
歯がガチガチと鳴りだすほどだった。
練習生たちは、両の腕を手で摩ったり、脚を擦り合わせて寒さを我慢しようとしていた。
全員が並び終わると班長の「駆け足ぃ!進め!」「駆け足ぃ」「走れぇ!」 の号令でそのまま班長が先頭を走りだし、全員がそれを追う形で走った。
走った、と言うより、走らされた。
練兵場を数週走ったあと、隊内の海岸まで抜けて行く。
1時間、2時間と続き、1人、2人と脱落するものがあらわれても、さらに走る。
寒さなど吹き飛んで、汗が滴り落ちるほど、走った。
その内、夜も開け、朝日も昇ってくる。
しかし、朝の潮風の心地良さ、など感じる余裕はなかった。
息が上がり、頭がボーっとしながらも、ただ、ついていくだけで精一杯である。
明雄も初め、20~30分ほど、練兵場を走るだけと考えていたため、初日から度肝を抜かれた。
やがて練兵場に戻ったが、その頃には明雄を含め、すでに半数以上が脱落していた。
班長のあとに続き、最後まで脱落しなかったものは片手にも満たなかった。
海岸で脱落した者たちが全員戻って来る。
それを見計らい、精神注入棒といわれる大きなバットを持ち出した班長は声を張り上げて言った。
「貴様らは、いったいどこの国の兵隊だっ!」
「こんなことでへばっていて、帝国軍人としての務めが果たせると思っているのか!」
「ここはもう娑婆ではない、これから貴様らの娑婆っ気を叩きだしてやるっ!」
そう言って班長は、横1列に並ばせた練習生、1人、1人の尻に向かって、思い切りバットを叩きつけ始めた。
班長がバットを振り下ろすたびにビュッ!ビュッ!っと風切音が聞こえ、
バシンッ!バシンッ!と叩きつける音とともに、「ギャッ!」「グッゥ」「痛テェ!」等の悲鳴が上がる。
その声に対して、班長はさらに怒鳴った。
「貴様ら、この程度のことで、いちいち、喚くんじゃない!」
脱落組の明雄は当然、例外ではなく、容赦なく叩かれる。
手加減なく思いきり振り下ろされたバットの痛みは尋常ではなく、骨が折れたのではないかと思えるほどであり、明雄は叩かれた尻を両手で包み込むように抑えながら、激しく身悶えた。
これが、入隊後、早くも下された洗礼だった。
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