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「実験を始める前に、まず鳳さんに見えるものを描いていただきます」

 アルファ‐オメガ総本部内の研究室で山月が由香に説明する。

 山月之平と鳳由香は、その頃既に婚姻関係にあったが、アルファ‐オメガにおける研究において、山月は妻を鳳由香として扱おうと決める。

「わかりました。ただしくれぐれも申しますが、私には自分に見えるモノの意味がわかりません」

 山月以外に数名の研究員が控える研究室で由香が答える。

「それは理解しています」

 山月が由香に言う。

 その言葉に首肯き、由香が己の脳に映った映像を模写し始める。

 最初の幾つかはモノ。

 あるいはモノのような何か。

 ついで暫く言語らしき形態が続く。

 それがまたモノに変わる。

 中には電子回路のような図形がある。

 そうかと思えば古代遺跡のような建物がある。

「今見えているのは、こんなものですが……」

 山月と研究員たちが無言で見守る中、由香が巧みに扱った鉛筆を画用紙の上に置き、質問者に言う。

 時計を見れば、由香が映像を模写し始めてから約一時間が経過している。

「ありがとうございます。お疲れ様でした。一旦、別室で休んでいてください。次の作業を開始するまでに一時間以上かかりますから、お食事をされても構いません」

 山月が言い、由香が無言で研究室を去る。

 一方、研究室内では由香が描いた絵=図形の解析が始まる。

「おそらく、これは雲取山の山頂付近でしょう。見覚えがあります」

 早速、研究員の一人が言う。

「これは何でしょうか。数式のように見えますが……」

 別の研究員が指摘する。

「これはどう見てもスティミアテリコースとエンテレケイアの戦闘でしょう」

 また別の研究員が驚いたように指摘する。

「確かにそう見えるな」

 山月が同意する。

 鳳由香が記した図形と『アレフ‐タヴ』に記載された内容の合致箇所が増えていく。

 が、中には合致しない図形もある。

「これは遺伝子ではないでしょうか」

「骨の遺伝子か」

「形が写せれば良いのですから、骨でも構わないでしょう」

「確かに骨族の遺伝形態の説明かもしれんな。骨族というのは、わたしが今、勝手につけた名前だが……」

 山月が説明する。

「この部分はISRスキャンに加えよう。詳しい解析ができれば良いが……」

 ISRスキャンとは、この後鳳由香に処される予定の走査だ。

 物質の内部空間共鳴を利用した走査法でNMRイメージングに近いが、これまで殆んど利用されたことがない。

 何故かといえば、どの内部空間も実際の空間とは無関係に張られるからだ。

 その共鳴を見ても現実世界の情報は得られない。

 が、ある奇跡がそれらを結び付ける。

 鳳由香が自分でも理解できない情報を何処かから受け取るとき、脳波が特殊な振動を示す。

 それが、空間対称性SU(2)からO(3)の内部空間との対応を見せる。

 同内部空間の変換生成子は便宜上 Tx、Ty、Tzと書かれるが、それがそのまま三次元空間のX軸、Y軸、Z軸に対応するとわかったのだ。

 すなわち鳳由香の情報入手時の脳波振動から三次元マッピングができるということだ。

 鳳由香が自分の手で描く図形をより正確な形で再現することができるのだ。

 もっとも、そこには対応する理論がない。

 一九七〇年代に投稿された古い論文には遊戯的に上記を試みた内容のものがある。

 が、それだけなのだ。

「山月君は君の奥さんが持つ特殊能力が全人類で唯一人だけのものと考えるか」

 以前、山月が長老会で訊かれた質問だ。

「捜してはいますが、これまで見つかっていません」

「状況の話ではないよ。君の考えだ」

「あなた方五人の財力で世界を隈なく捜しているのに見つからないのですから、わたしには他にいないのではと……」

「やはりそうか。……とすれば彼女がファーリイサクトースとの闘いの鍵になる。一刻も早く彼女が見たすべてを解析し、ファーリイサクトースに対抗する兵器を開発せよ」

「できるだけのことは遣っております」

「それはわかるが成果がない。間に合うのか」

「まだ十年あります」

「儂らに使うだけ金を使わせ、異邦獣が攻めて来るのに間に合わなかったら笑い事では済まされんぞ」

「それも重々承知しております」

「ところで山月由香の脳が共鳴する何とか量子の発信元はわからんのか」

「わかりません」

「山月由香の脳が、その量子と共鳴できるメカニズムはどうだ」

「それもわかりません」

「君には気の毒だが、いずれ彼女の脳を切り刻み、そのメカニズムを解明しなければならんな。もちろん、すべての情報を得た後でだが……」

「妻の脳に送られる情報に最後があるとは思えません」

「それはわからんぞ。ある日突然能力を失ったテレパスを儂は知っておる」

「喩えが悪いですね」

「儂はプレコグを知っておる」

「儂はテレキネシスを知っておる」

「わたしの妻の能力は、それらサイ能力ではありません」

「確かにラジオ……ではないな、テレビジョンだからな」

「何としても量子を受け取るメカニズムを解明しなければならん」

 そのときにはもう山月由香の脳内マッピングが終わり、量子コンピュータに移されている。

 が、そのことを長老会メンバーは山月から知らされていない。


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