君の手を握る
「君を離さないためにはいったいどうすればいいだろう」
僕は彼女にそう聞いた。
随分と長く考えても結局答えなんて出なかったからだ。
僕は彼女から離れたくはない。ずっと隣で立っているだけでもいい。
だけどそんな答えが出なかった。
「あら、簡単な事よ」
彼女はふっと笑った。
柔らかい笑顔だ。
どんなことだって優しく受け止めてくれるような気がする。
僕はそんな笑顔に体を投げ出してしまいたい。
「ずっと私の手を握っていればいい。こんな風に」
そう言って僕の手を取った。
「なるほど、簡単だ」
あまりに単純でとても簡単な方法だ。
少なくとも手錠で繋がり合うよりはずっと体温を感じられる。
「あなたの手は温かいわね」
「そう?」
「ええ、だからとても優しい」
「僕は君の手の方が優しく思えるけど」
その手はなんだか冷たいのにとても優しく感じた。とても暑い日に飲んだ冷水のようだ。
だから僕は冷たい手はとても優しいものの一つじゃないかと思った。
「でも、何かの拍子でその手は離れてしまうかもしれない」
その方法は柔らかく、優しいけれどとても脆い。
力任せに離すことなんて簡単だ。もしかしたらいつの間にかその手は離されているかもしれない。
そこで彼女の握る力が強くなった。
痛くはないがとても強く。
「その時はその手を強く握ってしまえばいい。ね、簡単でしょ」
「ああ、本当に簡単だ」
離したくなければ離さなければいい。
これほど明快なことはない。その手をどちらかが握り続ければ離れることはない。
それは甘いほどに理想なのかもしれないけれど、僕はそんな甘さが嫌いではない。
苦くて辛い現実なんてものよりよっぽど良い。
「それに手が離れたら私はあなたを抱きしめることにするわ」
「それはいい。だったら僕はわざと手を離してもいい」
「それでもいいけど、私はあなたの手のひらも指も好きよ」
「じゃあ、しばらくはこうしていよう」
僕だって彼女の小さな手の平や細い指は好きだ。
簡単に壊れてしまいそうなその手が好きだ。それでも僕よりも強いその手が好きだ。
本当のことを言えば彼女のことに関して嫌いなことは何もない。こんな風に言うのは照れるけど僕は彼女の全てを愛している。僕が何よりも大事にしたいものだ。
ふと思った。
僕の手は何よりも大事なものを手にしているのだ。
とても愛おしいものが手の中にある。
それは何よりも尊い事のように思えた。
僕は大事なものを強く握り続けているのだ。
だから僕はこの手を離さないんだ。
大事なものを守るために離さないんだ。
君の手を離したくないから握るんだ。
僕は彼女の顔を見て、笑った。
もう抱きしめてもいいだろうか。
手を握りながらもっと彼女と触れあいたいと強くそう思う。
そんなことを思いながら僕は彼女の顔を覗き込む。