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やばい、溺れる。
冷たい海水が体を冷やしていく。
息が吸えない。
「だ、誰か」
だめだ。
陸地が見えない。
「誰・・・か」
もう、やばいかも。
「リ・・・・」
ん?
誰かの声が聞こえたような
「リッ・・・・リック」
姿がみえない。
どこにいるんだ。
ま、マアムの声だ。
「リック、もう!早く起きなさい」
「え?」
マアムがドアのところから顔を出している。
「もう訓練始まるわよ」
「わ、わかった」
マアムが開けっ放しのまま去っていく。
これはやってしまったらしい。盛大に。
昨日の夜に汁物を二杯も食ったのが原因だろう。
じいちゃんとばあちゃんは既にいなかった。
おそらく荒焚きの作業を見にいったんだろう。
はぁ、これどうしよ。
確かばあちゃんはお湯で洗ってたな。
水・・は自分で用意するしかないよな。
頼んだらバレちゃうかもしれないし。
急がないと。
「ラクア」
手のひらに水が湧く。
鍋に落とすが、あまり・・というか全然たまらない。
それなら・・・
「ピオッジャ」
小さな雨雲が鍋の上にできる。
魔力を込めると鍋に雨が降り始めた。
水が溜まったので魔力の供給を止め、雨が止まった。
雲が消えなかったので手で掻き消した。
次は囲炉裏に火を入れないと。
「フィアンマ」
薪に火がつく。
その間に着替えておく。
数分でぐつぐつ煮えたので、木桶に水を移し、服と布団を家の裏で隠れて洗った。
家の裏の洗濯物かけに布団と服をかけた。
完璧だ。
誰にもバレずに隠滅できた。
・・・やば、訓練。
広場に走って向かう。
何人かの男たちとすれ違った。
村の男たちもこれから訓練だろう。
広場に着くとみんなが何やら騒いでいた。
じいちゃんまでいる。
リック!遅い、とマアム。
「ごめんごめん。ちょっと色々あって」
「もう、一大事なんだからね」
「何が?」
リック!大変だよ、とゾルブとトイが走ってくる。
二人の話を聞くに、リックたち三人が「能力が強いから勝てない」と言ったのを、アルは「能力を使わなければ対等だ」と解釈して村長に能力なしの模擬戦を提案したららしい。
「そんな無茶苦茶な」
「おお、リック。話は聞いたか?」とリックに気がついたアルが声をかけてくる。
「聞いたかじゃねぇよ、馬鹿。そういう意味で言ったんじゃねえよ」
「バカとは心外だ。俺はただ公平にやりたいと」
「お前らと?何言ってんだ。年も体格も全然違うじゃねえか」
「安心しろ。ちゃんと公平にするためのルールは考えた」
アルが得意そうに自分で考えたルールを説明する。
「お前らのいう体格のハンデだが、確かに理解できる。それを補うために4対8の団体戦にしよう。そして俺たち側は最後の二人になるまでは能力を使わない。お前たちは最初から能力を使っていい。どうだ、これなら公平だろう?」
「無理だよ。だって俺たち最後の二人とやらに対抗できるほどの戦闘力を持っていないし。もし二人で襲い掛かられたら」
「くどい。もう決まったんだ。そうですよね、村長」
「じいちゃん!無理だよ」
ふむ、とヒゲをいじる。
「アル。お前はリック達から挑戦を受けたと言ったが、あれは嘘か?」
「いえ、はっきりと能力さえあればと聞きました」
「そんなこと・・・言った気もする」
「そうか。ならばやってもいいのではないか?」
「じいちゃん」
「貴重な経験じゃ」
「なっ」
「ありがとうございます」
「じいちゃん、待ってくれよ」
「話は以上じゃ。わしは村の男を見てくるぞ」
「いや、無理だって、じいちゃん」
じいちゃんがスタスタと去っていく。
「俺には無理なんだって」
じいちゃんは止まらない。
「もう、いいじゃん。こんな訓練なんて。戦争なんて強い奴が行けばいいんだよ」
ピタ、とじいちゃんの歩みが止まる。
「俺だって活躍したいさ、したいけど無理なんだよ。じいちゃんとかアルと違って二角だし、弱いし、チビだ
「本気で言ってるのか?」とじいちゃん。
じいちゃんの体が薄く黄金に光る。
「本気っていうか」
「本気なんだな」
「・・ああそうだよ。じいちゃんだって俺が死なないで、戦場に行かない方が嬉しいだ
一瞬何が起きたのかわからなかった。
体の力が抜けて倒れてしまった。
ただ一つだけ知覚したのは、圧倒的強者に対する恐怖。
次の瞬間雷のゴロゴロという音を共に立っているのは金色の光をまとったじいちゃんが威圧したのだということに気がついた。
怖い。
その場にいるものは皆腰を抜かして立てなくなった。
全身が震える。
じいちゃんが、育ててくれたじいちゃんが修羅に見える。
なんの脈絡もなしに死を連想させる力がそこに存在した。
「皆、良いか?」とじいちゃん。
誰も返事をできなかった。
「まどろっこしいのはやめだ。リック、ドリ、トイ。お前ら三人だけでアルと戦え。それでいいじゃろ?アルも能力使っていいぞ。アルが負けたら、一人でかん水を集める作業までをやるのだ。リック達が負けたら、この村から出て行け」
「え?」
「以上じゃ。リックの村での仕事は免除とする。一週間後の正午、ここで勝敗を決するのだ」
じいちゃんを纏う雷が消えた。
広場からはまた一人、また一人と消えていく。
「リ、リックのせいだ」
え?
「お前が余計なことを言わなきゃおら達村に残れたんだ」
「ご、ごめん」
「もう、絶交だ」
「待ってくれよ、ゾルブ」
「リック」
「な、なんだよ」
「お前だけでてけよ」
「ト、トイまで」
「じゃあな。くたばれ」
ザブーン ザブーンと波の砕ける音。
茜色の夕日は今日も同じく村を照らした。
数時間が経ち、すぐ近くが見えないほどに暗くなったが帰れずにいた。
今まで怒ったところを見たこともないじいちゃんがあんなに激怒していたのだからそれも仕方あるまい。
もうどうしたらいいんだろう。
家に帰れない。
もう、逃げてしまおうか。
なぜじいちゃんはあんなに怒ったのだろう。
じいちゃんは俺に戦争で活躍して欲しかったのだろうか。
「リック」
え?
顔を上げるとじいちゃんがいた。
「来なさい。話がある」
何も言えずについていく。
家に着くとばあちゃんも起きていた。
「な、何?」
「・・お前に話して起きたいことがある」
じいちゃんが語り始めた。
「ワシ等は・・・実はお前の実のジジババではない。心からお前のことを本当の孫のように思ってはいるがな。
昔からごまかして来たが、お前の母と父はすでに死んでいる。
わしは訳あって親を亡くしたお前を引き取ったのだ。
お前の父の名前は「ロー」
魔族の英雄じゃ。
そしてお前の母の名は「三島花」
和国という・・・遠い国の姫なんだ。
お前の父は戦争で死んだ。
今から7年前になるかの。
敵の機関銃から部下・・国を守って死んだのだ。
いいか、リック。お前の父は国を、皆の命を守ったのだ。
お前にはその誇り高き、偉大な血が流れておるのだ。
お前の今日の発言は父を侮辱する言葉じゃ。
お前は才能がないのを嘆いておるのかもしれん。
だが、お前の父は、才能があったから戦争に行ったのではない。
お前や、家族、そして友を守るために必死で戦ったのじゃ。
そしてアルやジェームスもまた同じ夢を抱いておる。
その彼らに対して、お前の言ったこともまた侮辱なのではないか?
わしら魔族の男たちが、皆必死に鍛錬することも同じ理由。
もしお前が、一週間後魔族として、「ロー」の子として、そしてわしの孫として、誇りを見せられなかったなら、覚悟しておけ。
わしはお前を立派に育てると約束したものとして、容赦なくお前の性根を叩き直してやる。
そしてな、リック。
自分の村の者たちを戦争が始まった時に守らなくてはならんのだ。
そしてここで我らが捕まったりすれば国の誰かが代わりに傷つくかもしれん。
この村は常に戦いとともにあることを忘れるな。
一週間後、期待している」
「じいちゃん・・・・」
「リック。頑張りなさい。おばあちゃんはあなたを信じているわ」
「ばあちゃん」
「じゃあ、おやすみ」
「え?」
「もう寝る時間じゃろう。お前の布団は部屋に戻しておいてやったぞ」
「あっ」
「おやすみ」
「お、おやすみ」
ばあちゃんとじいちゃんは寝てしまった。
二人が本当の血縁じゃないことは薄々気づいていた。
父と母が死んでいることも。
だけど、母が外国の出身だなんて・・・。
じゃあ、俺の能力の母の影響だったのか。
でも気の使い方なんてわかんないしなぁ。
どうしたらいいんだろう。
悩んで、悩んでいると次第に瞼が重くなっていく。
俺は意識を手放した。