第一話:『婆やの言葉』
――すこし前――
「……さま」
ジルはどこか遠くから自分を呼ぶ声を聞いた。もう何度も聞いている気がするが、睡魔に邪魔されて起きることができない。それを言い訳にしてもう少し寝ていようと思い、毛布を頭まですっぽり被る。
「いい加減に……して下さいっ!」
「ぎゃっ!」
毛布を引き剥がされ、その拍子にベッドから転げ落ちる。
後頭部を押さえるジルの頭上から老婆のしわがれ声が降ってくる。
「若様、いつまで寝過ごされるおつもりですか!」
「いたた……どうして婆やが僕を起こしに来るのさ。それはミリーの仕事だろう?」
ジルが頭を回すと、婆や――城のメイド長の陰に隠れるようにして、不幸なメイドが縮こまっていた。不幸なというのは、新人にして寝坊助のジルを起こす役目を仰せつかってしまったという意味においてである。彼女は今日も朝早くにジルを起こしに来たのだが、新人の彼女にはジルを叩き起こすことなど思いも寄らず、おろおろする内にジルがなんだかんだと言い訳をして追い払われてしまったのだ。それでベテランの上司を呼んできたのだが、自分たちとは身分の違うジルを乱暴に扱うメイド長を見て、きっと自分も後でこってりしぼられるに違いないと確信するに至って、もう少し頑張っておけば良かったと後悔するのだった。
猫族の獣人に特徴的な猫耳をションボリと垂らすミリー。ジルは申しわけないと思いながらも、泣き言を言うのは忘れなかった。
「別に婆やを呼ばなくても、ちゃんと起きたのに……」
「あら、そうは見えませんでしたよ、若様。この私の手を煩わせるとは、余程お仕置きが欲しいと見ました。さあ! 早くお尻を出しなさい!」
メイド長のシワくちゃの手がジルに伸びる。彼はそれをひょいと躱すと、彼女のスカートの下をくぐってドアに直行した。
「この、待ちなさい! ミリー捕まえて!」
ドアとジルとの間に一応立ち塞がってみたミリー。
「どいて!」
しかしまだ少女といって良い年頃のメイドに、メイド長ほどの度胸が具わっているはずもなく、勢いよく突っ込んでくるジルにどけと言われて、すぐに道を開けた。
「よっしゃあ!」
城の廊下にジルの歓声が響く。
ゴツンッ!
と思ったら、何やら嫌に鈍い音がした。血相を変えたメイド二人が部屋から出てみると、廊下に二人の子供が倒れていた。一人はジル、もう一人は……
「ヤーナ様! お怪我はありませんか!?」
二人が少女の方に駆け寄って助け起こす。ヤーナは床にペタンと腰を下ろして座り、小さな眉を顰めて額を押さえながら言った。
「ジルは大丈夫?」
すかさずメイド長が口を挟む。
「良いのです、お気になさらず。男の子は怪我をして成長するものですよ」
一人で体を起こしたジルが、ヤーナと同じ格好で額を押さえながら呻いた。
「いった~~! 起きてすぐに二回も頭をぶつけるなんて、今日は厄日だな」
するとヤーナは頬をふくらまして顔を逸らす。二の腕に挟まった胸がつんと上を向いた。年の割に大きかった。
「ひどいよぅ。せっかく、あ……会いに来たのに。しかも起きるの遅いし……」
その言葉が、さっきまでずっと待っていたという意味だとは気付かず、ジルは首を傾げる。
「どうしてヤーナがいるの? 何かあったっけ?」
「きょ、今日は父上が――」
「若様ァァァァッ!」
「「「ひぃっ!」」」
ヤーナの言葉を遮って突如叫び声を上げたメイド長。その声量に、三人は蛇に睨まれたように体を引きつらせた。メイド長は怒りと悔しさで身を震わせながら、押し殺した声を出した。
「女性に会って最初にかける言葉がそれ以外に見つからぬとは……もう容赦できません。教育が必要です!」
メイド長はジルの前に仁王立ちし、腕を組んで彼を見下ろした。ジルがみっともなく慌てる。
「ま、待ってよ婆や! あれだけは勘弁して!」
「なりません。言うことを聞き分けない子はお尻ペンペンだと決まっています」
逃げられないよう、今度はがっちりとジルの肩を押さえたメイド長。万事休すかと思われた時、ジルが思い出したように叫んだ。
「待った! ここじゃ不味いよ。だってヤーナがいる! 女性の前ではどうたらこうたらとか、前に婆やも言ってたじゃないか。それなのに、ヤーナの前でお尻ペンペンなんて酷いよ。僕もヤーナも、もう十二歳だ。やっぱりその、その……あれだ、配慮だ! 配慮が必要だ!」
「ううむ……」
「そ、それに僕とヤーナはあれだよ、えっと何だっけ……」
「……許嫁」
ぽっと頬を染めて、その言葉を口にするヤーナ。
「そう、それだ!」
ジルはパンッと膝を打つ。
婆やはジルとヤーナを交互に見比べていたが、やがて一つ頷くと、ミリーを顎でしゃくった。ヤーナがミリーに連れられて部屋に入っていく。
ジルは一時の危機を逃れてほっとしたが、まだ完全に逃げ切ってはいない。彼は祈るようにヤーナの背中を見詰めた。そうする間もメイド長がジルの肩を握る力は緩まない。
ヤーナは不思議な予感に導かれて振り返る。
「ん……なぁに?」
ジルは口の中で「よし」と呟くと、指先で時計を描いた。ヤーナになら伝わるはずだと期待を込めて。
「んん……あ」
「どうかされましたか? ヤーナ様」
「う、ううん、何でもない」
ヤーナは首を横に振って歩き出そうとする。そして……派手に転んだ。
「「ヤーナ様!」」
駆け寄るメイドたちの間から、ジルが心配そうに顔を出す。
「何もそこまでしなくても……」
ぶつけた鼻を手で押さえてうずくまるヤーナが、涙声で答える。
「違うもん! わざとじゃないもん、本気でこけちゃったんだもん。ジルのせいだよ? 『時間を稼げ』なんて言うから」
「いやいや、お前がドヂなせい……あ」
メイド長がさっと振り返ると、ジルがバツの悪そうな笑みを浮かべていた。
「若様!」
「やだねっ!」
軽くメイド長の手から逃れたジルは、一目散に駆け出す。
「ヤーナありがと~~!」
廊下の向こうから聞こえてきた元気な声に、少女はクスッと笑った。
「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ~~~~もう追って来ないだろう」
後ろを振り返って確認するジル。誰もいないことを確認してから膝に手を着いて息を整えた。
ジルは顔を上げて、今自分がどこにいるか気付いた。謁見の間のすぐ横だ。ここから少し進めば謁見の間に出られる。
「覗いてみようか」
もしかしたら父がいるかもしれないと考えたジルは、足音を消して廊下を進む。もし父がいなかったら、誰も座っていない玉座でもう一眠りするつもりだった。
彼が歩いてるのは、謁見の間に真横から入る廊下だ。ここならば扉もなく、そっと中を窺うことができた。
そしてジルはとうとう廊下の終わりに差し掛かり、四つん這いになって、呆れるほどの慎重さで壁から顔を半分だけ覗かせた。
城を建築した技師が綿密な計算によって造った謁見の間には、玉座の背後から太陽の光が差し込み、ジルから見れば斜めに走っている光線が部屋を照らしていた。ステンドグラスを通した光は虹のように鮮やかな色に染まり、緋色の絨毯に影を落としている。もし正面からこの部屋に入り、ひざまづいて玉座を見れば、その光が後光となって目に降り注ぎ、幻想的な陰影が玉座に座る者に威厳をもたらすだろう。今そこに座るのは、紛れも無くジルの父、ガイエン王国の主、北の王国を統べる者、数多の偉業を成し遂げた英雄王、ドーリス=ブラトニスその人だった。
ジルは玉座に座った父から目が離せなかった。生まれてから何度も目にしてきたその姿から、どうしても目が離せなかった。
ジルは生まれて初めて、光を浴びて玉座に座る父のことを美しいと思った。
そして王がジルの方に首を倒し、口から血を吐いた時、その神々しさも消えた。
「ぁ……」
ジルは言葉を失って立ち尽くした。
ジルの父、ドーリスは、長く伸ばした白いヒゲに赤い染みを作り、濡れて固くなった毛先から滴を垂らしている。白く濁った虚ろな眼球、開いたまま硬直した紫の唇……まだ死というものを身近に感じたことのない十二歳の少年の目にさえ、その姿は異常に映った。
父の様子がおかしいと、やっとのことで自分を取り戻したジル。フラフラと覚束ない足取りで玉座に近付こうとする。
その時、ジルでもドーリスでもない、三人目の声が聞こえてきた。
「兄上には息子がいる。まだ子供だが、生かしておくのは危険だ。出入り口を全て封鎖し、見付ければ殺せ」
殺せ……
頭の中でその言葉が反響した。なんとあっさりした言葉だろうか、それがもたらす結果など考えもしない、自らの手は汚さない者が使う言葉、ジルは鼓動が早まるのを感じた。手先が冷たくなってくる。まるでその言葉によって自分の中の何かが殺されてしまったかのような喪失感を覚え、苦しい胸を押さえた。
逃げなければ……
無数のハエが周囲を舞うような耳鳴りを聞いた。じりじりと後ずさり、背中を向けて逃げ出す。
何かにドンとぶつかった。声を出す間もなく口を手で塞がれ、軽く持ち上げられる。ジルは恐怖で目をつぶった。何もできない。血を吐く父と自分の姿が重なる。
ささやき声がした。
「若様」
聞き慣れた声に自然と目が開く。目の前にあったのは、メイド長のシワだらけの顔だった。
「婆や、父上はどうされてしまったの?」
「…………」
「婆や、ヤーナはどこ?」
「…………」
「婆や、どこへ行くの?」
「…………」
「ばあ――」
「シッ!」
ジルの手を引いて早足で城内を進んでいたメイド長が、ぼんやりとした表情のまま質問を繰り返すジルの手首を掴んで持ち上げた。痛みに顔をしかめるジルの鼻先に顔を近付ける。ジルは彼女の顔を間近で見詰めて恐怖を感じた。これほどまでに荒々しく恐ろしい形相を見たことがあっただろうか。獲物を襲う直前の獣だ。
「決して口を開いてはなりません」
メイド長はそれ以上何も言わず、またジルの手を引いて歩き出す。それからのジルは静かだった。
二人は城の調理場の一つに入った。今まで昼餉の調理をしていた形跡があるが、今は誰もいない。不気味なほど静かだった。ジルはメイド長に手を引かれ、湯気の立つスープ鍋や、刻んだままの野菜の傍をすり抜けていく。そしてメイド長は立ち止まり、短く言葉を発した。
「ここに入って下さい」
ジルは解体途中で放置された牛の前に立たされた。困惑していると、メイド長は力づくで牛の腹にジルを押し込んだ。内蔵を抜いた後の牛の体内は広く、子供が一人入るのに丁度良い空間があった。
体を丸められ、はみ出していた足を押し込まれる。外から見ても子供が入っているとは分からないことを確認すると、メイド長は綺麗に裂かれた牛の腹をめくり、ジルに声をかける。
「若様、ここから出てはなりません。決して、何があってもです。私が良いと言うまでここにいて下さい。声も出してはなりません。……婆やの言うことが聞けますね?」
ジルは小さく頷く。
「よろしい」
そしてメイド長が手を離すとジルの視界は真っ暗になった。
(暗い……)
牛の腹などに入るのは初めてだった。暗さと窮屈さは我慢できるが……
(臭い……)
それに中は血と脂で湿っていた。薄い寝間着からそれらがしみ込んでくる。全身を這いまわる不快感に鳥肌が立つ。こんなところ早く出てしまいたかった。
(出たい。少しだけなら……)
誘惑には勝てなかった。
辺りを窺って誰もいないことを見てから、そっと頭を出して息をする。
「ぷはっ! はぁ、はぁ、はぁ……。よいしょっ」
死んだ牛から抜け出して肺の空気を入れ替える。
調理場を見回すと、まだ作りかけであったり、もう出来上がってしまった料理が山とあった。ジルは急に空腹を感じた。ずっと寝ていたせいで喉もカラカラだ。
手近にあったスープ鍋を開けたジルは、それが何のスープかも確認せずにお玉を突っ込んだ。犬のようにそれをかき込む。熱くて舌が火傷するのも構わず、肉か野菜か分からないようなものを喉に流し込む。味なんて感じなかった。
何故か死ぬほど渇きを感じ、顔を鍋に突きいれたまま食べ続ける。
バタン!
突然の物音に驚いたジルがスープ鍋をひっくり返し、やかましい音を鳴らしながら鍋がスープを吐き出した。しかしジルの注意はそこにはなく、誰かに見つかってしまったかもしれないと思って動きを止める。
だがそれは杞憂だった。乱入者は奥で縮こまるジルには見向きもしない。その銀色の甲冑で覆われた背中を見て、ジルは人目で彼が馴染みの騎士だと気付いた。城を守る父の部下だ。髪を振り乱し、大きく肩で息をしている様子は尋常でない。棚の後ろから様子を眺めていると、すぐに彼の状況が分かった。
ガキィンッ!
甲高い剣戟の音。
(戦っている!)
彼の後から調理場に踏み込んできた誰かと、ドアの前で激しく斬り結んでいるようだった。騎士の背中に隠れて相手の顔は見えない。
すぐに決着が着いた。
馴染みの騎士の首がぽろっと切断され、わずかに残された首の皮で吊るされたそれが、顔を逆さまにしてジルの方を見ている。そして騎士は真っ直ぐ後ろに倒れた。
ドシャッ!
首を一刀で切断するなど人間の仕業ではない。ジルが震えながら相手の顔を視界に収める。相手は人間ではなかった。
「グゥゥゥ……」
胴体こそ人間の形をしているが、首から上は人間とは似ても似つかない、緑色の鱗をびっしりと生やしたトカゲの頭だった。
蜥蜴族、あるいはリザードマン……
返り血を浴びたその戦士は、得物である曲刀にこびりついた血を舐めとりながら残忍に顔を歪めている。
蜥蜴族の騎士はこの城にいない。その事実が意味するところを、ジルは直感的に感じ取った。
リザードマンの戦士は突然首を反らしたかと思うと、咆哮を上げた。
「ウガアアアアァァァァァァァァッッッッ!」
「っ!?」
鼓膜がビリビリと揺れ、全身が麻痺する。ジルは腰を抜かしてへたり込み、股を濡らした。
リザードマンの戦士はぐるりと首を回すと、鼻を鳴らして言った。
「グゥゥ……臆病者の匂いがする」
そしてジルの隠れる棚の方へ歩み寄ってくる。
逃げなければ、隠れなければと思っても、足が全く言うことを聞かなかった。まるで生まれたばかりの鹿だ。ジルは弱い子鹿そのままだった。見つかることは、そのまま死を意味する。
血の匂いを発するリザードマンの戦士は棚の前で立ち止まり、ぐうっと腰を屈めると……
「ガハハッ! うまい肉だ!」
人間の太ももほどある肉にかぶりついた。ジルのすぐ真上で食べているにも関わらず、肉に夢中で小さな少年には気付かない。
クチャクチャ クチャクチャ
ジルの頭に脂が滴り落ちる。ジルはそれを拭うこともできず、ただひたすら動かず、息をせず、思考さえも止めて固まっていた。
「ゲプッ! ンン……カハッ!」
吐き出された骨がジルの手の甲に当たる。
「チッ……寄り道をしたか。息のある奴が残っていれば良いが」
放埓な戦士はそう言ってからジルに背を向け、調理場を出て行った。
「…………」
一人になってからもジルは指先一つ動かせなかった。
死神と目を合わせるのは誰にとっても早過ぎる出来事だ。それが十二歳の少年となれば尚更。
それからどうやって城を出たのか、ジルはほとんど覚えていない。ただ、城を出た時には空が暗くなっていたこと、牛の腹の中からそれを眺めたこと、婆やが一緒だったことだけを記憶している。
死んだ騎士には目を向けなかった。婆やの靴音が変だった。水溜りを踏むような……
ジルは馬上で首を巡らし、彼の乗る馬の背中に荷物を積むメイド長を見た。暗い中で作業する彼女は手元を凝視しながら、焦りで目元を険しくしている。ジルには夜でもその様子がはっきり見えた。ジルはぼんやりと、自分は夜目が利くのだと思った。
隣に目を移すとそこには馬上の人影。メイド長がジルのお供にと連れてきた男だ。名前はハロルド、偶然城下にいて難を逃れた騎士だ。ジルとは顔見知りで、剣の腕も立ち、信用できる男だった。
作業を終えたメイド長が馬から一歩離れ、ジルと目を合わす。
「若様、ハロルドの言うことをよく聞くのですよ」
「……婆やは来ないの?」
「オホホ……婆やは馬に乗れません。若様から見ても足手まといの私を連れて行く理由はありません」
ジルは項垂れた。訳も分からぬまま逃げなければいけないということが、今更彼の心をきつく締め上げた。
「さびしいよ……」
「若様、そろそろ……これ以上は危険です」
ハロルドがジルの馬の手綱を引く。ジルは離れていく老女を見つめていた。やけに小さく見える。視界が曇った。
「っ……若様!」
メイド長はジルに駆け寄ると、その手を握り、真っ直ぐ彼の瞳に語り掛けた。
「生き残るのです、若様」
「…………僕には無理だ」
「いいえ、違います。生き残るということは、無理と言って諦めるような軽いものではありません」
「…………分からないよ、婆や」
「しょうがない子ですね」
ジルは下から抱きしめられた。自分とは違うが、他の誰よりも親しんだ匂いが彼を包み込む。この匂いを鬱陶しがった時もあった。しかし今は、優しさだけが心を満たした。
ジルが嗚咽混じりの声を絞り出す。
「ば、婆や、うぐっ……何が起こってるの? 父上に何が起こったの? げほっ、げほっ! ……僕は、どうすれば良いの?」
ジルの黒銀色の髪を撫でながら、婆やは子守唄を歌うように語った。子守唄のように優しい声音で、しかしその内容は赤子に聞かせるようなものとは違い、苛烈で、その言葉を受け取る者に甘えを許さない。
「耐えるのです、若様。
痛みを耐え、屈辱を耐え、寂寥を耐え、長い冬を生き残りなさい。
心を決して折れぬ刃のように研ぎ澄まし、貝のように固く閉ざしなさい。
そしていつか来る春に立ち上がりなさい。
あなたの足元に誰の亡骸が横たわっていようとも」
ジルが歯を噛んで嗚咽を飲み込んだ。婆やは体を離すと、馬の尻を押した。
馬が足を踏み出し、二人が徐々に離れていく。
えずきを押さえられず、背中を曲げて馬のたてがみに顔を埋めるジル。
幼く、弱く、小さいその背中に、老いたメイドが腰を折って深く礼をする。
「……行ってらっしゃいませ、ご主人様」