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アイアンハート  作者: 一花八果
第一章:『銀色の姫君』
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第二話:『オルトゥガ防衛戦』その二

☆  ★  ☆  ★  ☆




「はあああッ!――」


「ッ!」


 カミラは神速の踏み込みから横殴りの一閃をジルに見舞う。


 ジルは剣を盾にしてその攻撃を防ぐと、間髪入れずに回し蹴りで反撃する。壁を蹴って機動することでそれを躱したカミラは、距離を取って構えを解き、手の中で透明な短剣を弄びながら言った。


「反応よし、腕力よし、センスよし、うんうん! やっぱりあんたやるねぇ」


「……」


 カミラは音もなく壁際に歩きながら、挑発的な流し目をジルに送る。


「だから……坊やには悪いけど、本気でいくよ――」


 その瞬間、消える。


 虚空に溶け込むように、忽然と姿を消すカミラ。


「……」


 ジルは壁際の暗がりと開け放してあったドアに目をやると、迷うことなくそのドアをくぐる。


 そこは食堂だった。普段なら兵士たちが詰めかけて混雑しているが、今は月明かりの差し込む広い部屋に空席のテーブルが並べられているばかり。


「アハハハハハッ! こっちだよ、坊や!」


 幾重にも反響したカミラの笑い声が響く。その声はジルを奥の部屋へと誘い込んでいるようだった。


「そうそう、こっちこっち!」


 その誘いに乗り、ジルは食堂裏のキッチンへと足を踏み入れる。


 月光も届かぬ暗闇の中、燭台に立てられた十数本のロウソクがゆらゆらと光を放つ。


ギギギ……


 ジルの後ろでドアが軋みながら閉まる。しかしそこに目を向けた時にはすでに誰もいない。


 ジルは油断なく周囲に目を走らせた。


 ロウソクの火が一本消される。


「あんたの目、泣いてるみたいだよね」


 かすかな風切り音。ジルがサーベルを振るうと、軽い金属音を立てて食事用のナイフが床に落ちる。


 もう一本、今度は吹き消されるように消されたロウソク、その場所に、ジルはすかさず拾ってあったフォークを投擲する。壁に当たり、手応えはない。


「なんか悲しいことでもあったのかい?」


 首を横に傾ける。包丁が回転しながら頬をかすめていった。


「……でも残念、粋がってるとこ悪いんだけど、何もこの世界で悲しみを経験してるのはあんただけじゃない」


 またナイフを避ける。するとナイフは背後でロウソクに突き刺さり、光が失われる。


「ううん、悲しみを背負ってない奴なんかこの世界にはいない。だからさあ……」


 足下を滑るように襲ってきた包丁を踏みつけ、頭を串刺しにしようと飛んできた火かき棒を切り落とす。


「その目、やめろよ」


 最後のロウソクが消える。真の暗闇がジルの視界を覆った。


「ウザいんだよ、その目。そんな表に出せる程度の悲しみなら捨てちまいな、見苦しいんだよ。捨てて、憎しみに生きて、そして死ねばいい」


「……」


 ジルは何も言わず、ただじっと暗闇に目を凝らしている。


「無駄だよ、暗闇に目を慣らしたところで無意味。――そぅら!」


 閃光弾。唐突に強烈な光が生まれ、ジルの視界を黒から白に染め上げる。


シュッ ヒュッ!


 鋭く尖ったナイフとフォークがジルの太ももに突き刺さる。


「どうだい、痛いかい? でもこの世にももっと痛いことがたくさんあるってこと、お姉さんが教えてあげようか?」


 フッっとかすかに笑うジル。


「おばさんの……間違いじゃないのか?」


(そんなことは、頼んでもいないのに教えられてきた……)


 三度の光の炸裂はジルの視界を完全に奪い、防御の機会を奪う。


 ジルはあろうことか床に剣を捨て、両腕をだらりと垂らして構えを解く。


「諦めたのかい? まあいいや、これで終わりにしたげる――」


 迫り来る凶刃、ジルは避ける素振りさえ見せない。


「死ね!」


ズシュッ!


 ガラスの短剣を振るい、その刃はジルの首元に吸い込まれた。




「……」


「なっ……んだって?」


 ジルの首を飛ばす勢いで振るわれた刃は、しかしジルの首に爪先ほど食い込んだままピクリとも動かせない。人間の首なら、たとえ斬れずとも首の骨が折れていたであろう強烈な一撃。


 ――もしジルが人の姿であったなら、そうなっていたかもしれない。


「……魔狼!」


 その全身は漆黒の体毛に包まれ、四肢は人間の数倍の太さ。顔は完全に獣となり、縦に裂けた鮮血色の瞳孔と、鋭い牙を覗かせる大きな口が開いている。


 その姿は、子どもを脅す為におとぎ話に登場する人狼そのものであった。


「くそ、動かせない……!」


 食い込んだガラスの刃は盛り上がった筋肉に阻まれて、それ以上少しも進まない。


(強度を確保する為に刀身を厚くしたのが裏目に出たか……!)


 ジルが動く。


「ッ――!」


 片手で短剣を掴むと、もう片方の手でカミラを狙う。その指先は鋭い爪になっており、容易く人の肌を引き裂くだろう。


「チッ!――」


 カミラは刹那の思考で短剣を手放すと、ジルの肩を蹴ってその体から離れる。


 空ぶったかに見えたジルの手にはしかし、おびただしい量の血がついていた。


「やってくれるじゃない……化け物くん」


 再び暗闇に消えるカミラ。


 ジルは今度は頭を左右に動かし、空気の匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす。そしてぐっと脚に力を込めた時、


バタン!


 キッチンの奥から建具の外れる音が響く。


 獣化を解いたジルがそこに向かうと、開け放たれた突き出し窓から風が吹き込んでいた。


「……」


 窓から外を見下ろすが、そこにはもう何の気配もなかった。


(この耳は本物……か)


 ジルは明るみ始めた空を一瞥し、足早にその場を後にするのだった。

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