第二話:『オルトゥガ防衛戦』
カーンカーンカーン!
「アルベルヒ! 起きろ!」
「んん…………?」
強く肩を揺すられ、不快感に目を覚ます。外は薄明の時分、アルベルヒを起こした兵士は彼が起きたと見るとすぐに部屋を飛び出していく。ドアの外では慌ただしく兵士たちが走り回り、彼に非常事態が起きたことを告げていた。
「まったく……なんだっていうんだ!」
二段ベッドから飛び降り、傍に立てかけてあった長剣を引っ掴む。下のベッドに人影はない。
「ジルは……いや、あいつは大丈夫だ」
部屋を飛び出し、そしてアルベルヒは自分の目に飛び込んでいた光景に目を疑う。
轟々と燃え盛る火の手に、朝焼けの空が怪しげに照らされている。傷付き焦燥した兵士たちがあちこちを走り回り、周囲は混迷を極めていた。
すぐ傍を通りかかった兵士を無理矢理立ち止まらせる。
「おい! 何があったんだ! どうして砦が燃えてる!?」
「砦だけじゃない! 町にも火が放たれた!」
「誰がそんなことを!」
その時、廊下を進んでくる人影があった。兵士が二人がかりで一人の女性を押さえ込み、さらに四人の兵士で周囲を固めている。
アルベルヒはその前に進み出て言った。
「止まれ! お前達は一体何をしてる? その人はゴルドヴァから逃げてきた元奴隷の方じゃないか」
先頭の兵士がアルベルヒの足下に唾を吐き、女性を指さして言った。
「騙されてたんだよ! こいつらゴルドヴァの工作員だ! 砦の大砲と剣弩はほとんどこいつらに壊された。奴ら町に広がって混乱を起こしてやがる」
「そんなバカな! 彼らは同じ獣人だろう? どうして人間族なんかの為に働く? どうして同胞である僕たちの敵になったりするんだ!」
「どうせこの耳もよくできた偽物だろうよ! 押さえろ、確かめてやる」
女性を床に跪かせ、短剣をその獣耳に押し当てる兵士。
「やめろ! 乱暴は――」
鮮血が飛び散り、女の耳が切り離される。
「ウギャアアアアアアアアッッ!!――」
耳をつんざく悲鳴を上げ、激しく抵抗する女の姿に、その場にいた者たちはアルベルヒを含めてしばし自失とした。
「偽物なんかじゃ……ない」
アルベルヒが呟いたように、女の獣耳からは今も勢いよく血が流れ、女の髪をワイン色に染め上げていく。
「なんなんだ……お前たちは……!」
誰かが低く呟いた音は、女の悲鳴に掻き消される。
「とにかく落ち着いて尋問を……ッ!」
ぷつん――と、そう表現するより他ないほど唐突に意識を失う女。その顔に手をやり、悪寒と共に凍り付くアルベルヒ。
「死んでる……!」
はっとしたように女の口中に手を突っ込み、吐血混じりの唾の匂いを嗅ぐ。
「毒……」
「そんな……」
困惑して女を廊下の床に落とす兵士たち。彼らは顔を見合わせ、今しがた見た光景の説明を仲間に求めている。しかし説明など得られるはずもない。誰も彼も、目が覚めてみればこの混乱、そして裏切り。
アルベルヒは祈るように心中で呟いた。
(今どこに……グレド隊長…………ジル……!)