第一話:『逃亡者』その二
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無言で視線を交わすジルとカミラ。アルベルヒが横から口を挟んだ。
「ソジュ? そこが君の元主人なのかい?」
カミラが何故か得心したように頷く。
「仲間にもあんまり話してないみたいだね、自分の過去を」
「だとしたら何だ」
吐き捨てるように言ったジルに、カミラは微笑みを浮かべる。
「いや? その様子じゃあほんとにあそこから来たんだって、確信しただけだよ。同じ古巣を持つ者同士、面白い話ができそうじゃないか」
副隊長がジルに向かって頷いた。ジルは真っ直ぐ射抜くようにカミラの目を覗き込み、感情の読み取れない声で質問を投げかけていく。
「いつから屋敷にいた?」
「あんたはいつからいたんだい?」
「質問してるのはこっちだ」
「おお怖い、あんまし女を睨みつけるもんじゃないよ」
「答えろ」
「三年くらい前だよ」
「最近逃げた奴隷はあんたらだけか?」
「んん、ちょっと覚えて……ああ、そういや一年くらい前に逃げたか殺されたかした奴隷がいたような気もするね」
「それは誰に聞いた?」
「ただのウワサだよ。けどそん時侯爵の娘が大けがして寝込んだのはほんとみたいだから、少なくとも何かあったのは間違いないね。もしかしてそれがあんたかい?」
「屋敷では何をしていた?」
「無視かい、まあいいさ。あたしは大抵侯爵の奥方に仕えてたよ。具体的に何をしてたかと言われたら、そりゃあねぇ、あの一家はどいつもこいつも狂人……そう言えば分かるはずだよ、あそこにいたあんたなら」
「リリー……侯爵の娘と面識はあったか?」
「特には。あの化け物は自分と同じかそれより小さいガキが趣味だったからね。あんたなんか特に好かれそうだ、顔も良い」
ジルはしばらく黙り込んでいたが、アルベリヒに肩を叩かれる。
「どうなんだ、その通りなのか?」
「……ん、ああ……特におかしなところはない」
微妙に間を開けて答えたジルの言葉に、カミラや聞き耳を立てていた逃亡奴隷たちだけではなく、砦側の兵士たちもほっと安堵のため息をつく。同胞を疑うことに後ろめたさを感じていたのだろう、それからは砦の兵士たちは監視の輪を崩し、率先して受け入れ作業に精を出す。
カミラも重責から解放された晴れ晴れしい表情で言った。
「水浴びがしたいねえ! 奴隷だった時はろくに水場も使わせてもらえなかったから、早く身体の垢を落としたいよ」
「ああ、さっきから言おうか言うまいか迷っていたが、臭いぞ、君たち。早く身体を洗ってくれ」
鼻を摘んで不快感を表現するアルベルヒにの足に、カミラの踵が打ち込まれる。
「いだあッ!」
「とんだ騎士様だね、レディに優しくしろって教わらなかったかい?」
周囲の兵士たちがそれを見て笑う。それを見て逃亡奴隷たちも何か憑き物の落ちたような顔になり、広場には穏やかな空気が流れていた。