第一話:『逃亡者』
第一話:『逃亡者』
「ではな、留守を頼むぞ」
そう言って砦を後にしたグレド隊長麾下、守備隊の中核を担う二千の重装歩兵部隊は、数日間の野外訓練に出発した。
留守を預かる守備隊の副隊長以下、三千の部隊は何事もなく一日半を過ごすが、二日目の夕方、珍客を出迎えることになるーー
「おいジル! 今城に着いたらしい、見に行かないか?」
「……?」
「聞いてないのか? ゴルドヴァからの逃亡奴隷が百人近く、この町に逃げてきたんだ。行こう!」
アルベルヒはジルの背中を押して城門すぐの広場へと向かった。
広場にはすでに大勢の者が詰めかけていた。城の兵士たちは大雑把に輪を作り、来客を取り囲んでいる。といっても物騒な雰囲気はなかった。
訪問者たちは一様に汚い身なりをした獣人たちで、その数は百人近く。
「逃げてきただと……この数が?」
「副隊長どのに聞いてみよう」
アルベルヒはジルを連れて人混みを掻き分けていく。すると逃亡奴隷たちのリーダー格と話をしている副隊長を見つける。
「あぁ、アルベルヒか、それにジルも。ちょうどよかった」
「どういうことでしょう?」
アルベルヒが首を傾げる。
「お前じゃない、ジルに来て欲しかったんだ。今彼らから話を聞いているんだが、ジルなら何か気付く点があるかもしれないと思ってな」
すると今まで控えていた奴隷たちのリーダーが前に出る。
その人物は若い女性だった。黄金色の髪から覗く三角耳、やや吊り目がちな目元、女性的というよりは、むしろ引き締まった長距離走者のような肢体。背が伸びたとはいえまだ少年と言うべき年頃のジルより、わずかに背が高い。
「あたしはカミラ、こいつらをここまで連れてきた」
カミラと名乗ったその女性は、女性にしては低く渋みのある声で堂々とジルたちに話しかける。
「アルベルヒ=ニブルヒム、騎士だ」
「騎士様だって? じゃあ兵士さんが言ってた元奴隷の子ってのは、そっちの黒髪の坊やだね」
「ジルだ」
副隊長が軽く先を促すと、カミラは肩を竦めてジルに言った。
「あたしがほんとに逃げた奴隷かどうか疑ってるんだってさ、見りゃ分かるでしょ、そんなの」
アルベルヒが苦笑する。
「まあこの人数を砦に入れるんじゃ、多少は段取りを踏まないとだね」
「あんたは黙ってな、あたしゃこの子と話してるんだよ。あんたが童貞だってのも見りゃ分かるって言われたい?」
「なっ……!」
怒るというか身を抱えるアルベルヒ。
「で、あたしがほんとにゴルドヴァで奴隷やってたのか、お互いにその時のことを話して、食い違いがないか確かめようだってさ」
ジルは訝しむように目を細める。
「自分がどう扱われたかなら覚えてるが、他の奴のことなど知らない」
「あたしもソジュ侯爵家で奴隷だったのさ」
ジルは静かに目を見開いた。