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アイアンハート  作者: 一花八果
第一章:『銀色の姫君』
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プロローグ:『剣戟、再び』


――一年後――


「おいおい……今日こそやっちまうんじゃないか?」

「まさか……でもあいつなら」

 ここはイーストランド北部、獣人王国ジルベール、南部鉱山都市オルトゥガ、その守備隊が駐屯する砦の広場だ。

 広場にはここ一年おなじみの光景となった兵士たちの円陣が組まれていた。その円陣の中では二人の戦士が相対している。

 一方は熊系獣人の大男、顔に大きな傷のある強面の老人だ。老人といってもその体は筋骨たくましく、死ぬまで戦士の生を全うするという獣人の逸話に違わぬ壮健ぶりだ。彼はオルトゥガ守備隊を率いるジルベールの伝説の武人、グレド=ゴルン。

 もう一方は頭に黒い三角耳を生やした黒髪黒瞳の少年。彼は一年前にこの砦に拾われ、以来この守備隊の一員として過ごしてきた余所者。一年を経て少したくましくなった体を簡素な衣でおおい、手には使い込まれた肉厚のサーベルを握っている。

「ジル……」

 グレドがその頬に獰猛な笑みを浮かべ、獣の声で吠えた。

「来い! 本気でーーーーこいッ!!」

「ッ――!」

 瞬間、ジルの体が一陣の黒風となって消える。

「ムンッ!」

 グレドは突如半身になったかと思うと、横合いから迫る剣先をハルバードの持ち手で弾く。

 グレドの隣に出現したジルは、突きを受け流されたと見るやグレドの体を蹴って後ろに跳躍、続く追撃を躱す。

 間髪入れずに前に飛び出し、股下を切りつけると見せかけて跳び上がり、首元に一閃。辛うじてハルバードを引き戻してそれを防ぐグレド。

 だがジルの攻撃はそこで終わらなかった。

 攻撃が防がれる寸前で剣の勢いを殺し、たたきつけるのではなく押し込む形でグレドのハルバードを押さえつける。そのままその場で体を回転させ、目にも止まらぬ裏拳がグレドの脇腹を打った。

「グッ!?」

 よろけたグレドにめがけ、ジルが下段から切り上げを打ち込む。グレドはそれを受け止めるが、体勢が崩れているせいで持ち前の怪力が出ない。

「ハァァァッ!」

 ジルはさらに一歩踏み込み、全身の筋肉を使って剣を押し出す。するとどうだろう、ジルの体重の五倍はありそうなグレドの体が浮き上がる。

「フッ!――」

 その体にジルが蹴りを入れ、グレドの体が後ろに三メルほど押し飛ばされる。

「まだまだぁッ!」

 グレドの裂帛の気合い。

 着地する隙を狙って踏み込むジルに、グレドの水平斬りが襲いかかる。

「ッ――」

 その刹那、ジルの全身から力が抜ける。踏み込もうとしていた姿勢から一転、片膝を着いて滑り込む体勢に。そして上半身を後ろに倒し、ハルバードの一撃を鼻先紙一重で避ける。

 そして体をひねり、伸ばしていた足を振り上げる。

 ――そこにはハルバードを握るグレドの手があった。

「なッ――!」

 手の甲を蹴り上げられ、片手がハルバードから離れる。それでもグレドはもう一方の手でハルバードを離さない。グレドは片手でもって得物を振り下ろそうとし――

「……俺の負けだ」

「……」

 グレドの喉元にはサーベルの切っ先が突き付けられていた。ジルは剣を突き出したまま動かない。

 二人の硬直を解いたのは、周囲を囲む兵士たちの割れんばかりの歓声だった。

「…………」

 肩を叩く兵士たちの言葉を聞き流しながら、ジルは自分の手元をじっと見つめていた。そんなジルに横合いから声がかけられる。

「来た時から強かったけど、一年経ってもう手が着けられなくなっちゃったね」

 そこにいたのは、ジルをこの砦に連れてきた騎士、アルベルヒ。彼は満面の笑みを浮かべている。まるでジルの勝利が自分の手柄であるかのようだ。

「お前は一年経っても弱いままだけどな」

 誰かが口にした言葉で、どっと兵士たちが笑い出す。

 騒がしさに顔をしかめるジルの頭に、グレドが手を置いて髪をぐしゃぐしゃにした。

「もう俺じゃ勝てねぇか。強くなったな」

「……ああ」

「少しはガキらしく喜べ! ガハハッ!」

 そう言ってさらにジルの頭をかき混ぜるグレド。ジルはその手を逃れるが、今度は辺り一帯に押しかけた兵士たちにもみくちゃにされて逃げる気も失せる。

 最初は城の一部の者だけで観戦していたこの朝の立ち会いだったが、やがて砦中の兵士たちが見物するようになった。

 暇なのか。まあ兵士が暇なのは良いことか、とジルはぼんやり思った。


 ジルがこの砦に来てから、あのことがあってから……もう一年が過ぎようとしていた。

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