プロローグ:『冬の始まり』
――ノースランド、ガイエン王国、首都ロンハイムの王宮――
英雄と謳われるドーリス王は今、玉座を枕にして死のうとしていた。彼を見下ろす二人目の男、彼も国王と並び称される英雄だ。
もう二度とそう呼ばれることはないだろうが。
「兄上、あなたのやり方ではガイエン王国を、そして王家を守ることはできない。もう兄上は国王としての責務を十分に果たされた」
「お前に……ノースランドは、広過ぎる……グフッ!」
「苦労は承知です。しかし上手く立ち回るのが俺の得意とするところ」
死に際した国王は、顔を苦痛に歪めながら、彼の獰猛な瞳を光らせた。
「黙れ盗人め! お前にこの王国を治めることはできない、ゲフッ! ガフッ! ……ゼェ……ゼェ…………俺を殺して終わりだとでも思っているのか? フッ! 俺が死んでも、ジルがいるぞ、俺の息子が! 北の狼の血を継いだ、生まれながらの戦士! この王国を背負い、ゆくゆくは大陸に覇を唱える男になるだろう!」
「何を言うかと思えば……取るに足らないガキではないか! あんな奴に、あんなひ弱なガキに王国を継がせるつもりか! 俺こそ王者にふさわしい!」
「フフ……フフフ……ハハハハハッ! ッ!? グ、ゴボッ、カハッ! …………言っただろう、奴は北の狼……奴を強くするのは冬の寒さだけだ。この苦難が奴を強くする。俺たちもそうだったではないか……」
「気持ちはわかるがね、奴の命はもう長くない。死ねば終わりなのは人も狼も同じことよ」
「……お前に安穏とした死など訪れぬ。俺の息子、ジルの牙がその首を噛み千切るのを待っているが良い」
「それが最期の言葉か、兄上………………おい、やれ――」
また一人、英雄が消えた。