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短編闇鍋

凄腕の商人

作者: トカゲ

 武器防具を買うなら何処に行けばいいのか?


 10人に聞けば8人は武器屋と防具屋を挙げるだろう。

 それはそれで間違いでは無いが、その武器屋と防具屋は何処から武器と防具を持ってきているのか?


 店で鍛冶屋を囲っている場合もあるけれど、腕のいい鍛冶師は総じて人嫌いが多い。

 煩わしい人間関係に嫌気をさして人がいないような、モンスターの危険がある奥地に拠点を移してしまう。


 平凡な武器、防具屋ではそんな天才達を街に繋ぎ止める事は難しいだろう。仕入れるにしてもモンスターに襲われる危険を冒す勇気もない。

 だから街の中で働く鍛冶師を若手の頃から専属として囲ったりする事が多い。しかしそれでは最高品質の武器や防具を揃えることは出来ないのが現実だ。


 お客には満足のいく装備を、アイテムを提供したい。

 それは商人の殆どが考えていることだし、理想だと思う。

 だけどモンスターや野盗に襲われると言う死の危険を冒してまで外に仕入れに出る事は難しい。多くの商人は平凡な装備を売るだけでその人生を終える。


 1流の商人というのはそういう普通を良しと出来なかった人々だ。

 このエルバ大陸にも数えるほどしかいない、そんな1流の商人達は今日も何処かで仕入れをしている。


・・・


 エルバ大陸の最北端にあるレスト山は、1年中吹雪が止むことのない極寒の地獄として有名だ。

 それは自然を司るとされる氷竜レストの巣があるからとも、レスト山に氷精の国が隠されているからとも噂されている。


 常に極寒の世界では人は生きていく事は出来ず、レスト山周辺は正しく死の世界と言って良い場所だろう。

 そんなレスト山の中腹に、コートを着込んだ1人の男が歩いていた。

 暖かそうな白いコートと、自分よりも2周りは大きなリュックを背負った男は、白い息を吐きながら険しい山道を登っていく。


 ビュウッ


 強い風にフードが飛ばされて男の顔が外に晒された。

 肩まで伸びた髪はこの世界では珍しい黒髪だ。狐の様に細い目が外の寒さに耐えるようにさらに細くなる。男は慌ててフードを被り直すと歩くのを再開した。


 彼の名前はアルバ。凄腕の商人であり、1流の鍛冶師としても有名な男だ。

 アルバがレスト山に登る理由は氷竜の鱗を入手する為だった。

 氷竜の鱗は耐熱効果と耐寒効果に優れた素材で、火山の探索をする場合や、こういった雪山を探索する装備の素材には持ってこいと言われている。

 先日、イフリートと契約をするために耐熱装備が欲しいという注文をしてきた召喚術師の為に、アルバはどうしても氷竜の鱗が必要だった。

 勿論、氷竜の鱗を使わなくても、注文をしてきた召喚術師を満足させるだけの装備を作ることは出来る。だけどアルバはそんな2流の装備を売りたいとは思わなかった。

 召喚術師は魔族による呪いのせいでモンスターに堕ちようとしているイフリートを救いたいと言った。

 召喚術師は自分の力ではイフリートに敵わない事を分かっているようだった。

 でも、何とかしてやりたいからアルバにイフリートと戦えるだけの装備が欲しいと頼んできたのだ。


 そんな召喚術師をアルバは気に入ったし、そんな召喚術師を死なせたくないと思った。

 だから自分が用意出来る中の最高の装備を渡してやりたいと考えたのだ。


 「あれさえあればイフリートの炎にも余裕で耐えられるコートができるはずだ」


 目的の素材を手に入れるには、この山の主である氷竜レストを相手にしないといけない。

 イフリートよりも数段格上の、世界の頂点と言っても過言ではない氷竜を相手にして、商人であるアルバは何が出来るというのか。


 凄腕の商人であり、1流の鍛冶師のアルバでも、170㎝程の小さな体で5mは軽く超えるだろう氷竜を倒せるとは思っていない。

 しかしアルバの顔には迷いは無く、緊張もしている様子は無かった。

 何か策でもあると言うのだろか? その歩みは力強く、着実に氷竜レストが住むと言う山頂に近づいていく。


 「儂の領域に足を踏み入れるのは誰だ?」


 突然アルバの耳に響いた。声は老人のようだったが、力強く、重い声だ。

 普通の人間だったなら、いや、例え冒険者だったとしても足が震え、逃げ出してしまいたくなるだろう。


 この声の主がターゲットである氷竜レストだというのを、アルバは即座に理解した。

 聞いただけで心が挫けてしまいそうになるほどの重圧を感じさせるその声を聞けば、竜と人との圧倒的な格の違いを感じることが出来る。


 「俺の名前はアルバ、商人です。今日はあなたとの商談に来ました」


 「商談とは、面白い事を言う人間が来たものだ」


 アルバが山頂に辿り着くと、吹き荒れる吹雪の奥に赤い双眼が輝いているのが見えた。

 山頂の中心に氷竜レストはその巨体を横たえている。

 氷竜レストがいる山頂は驚くほどに静かだ。吹雪が氷竜レストの周りを避けているようにも見える。


 氷竜レストの全身は、銀毛に守られていて一目見ただけでは竜というより大きなオオカミに見える。しかし尻尾や強大な牙を見ればその考えが間違いだと分るだろう。


 氷竜レストは神に力を授かりし5大竜の一角だ。

 その神々しくも力強い姿は、自然を管理しているというお伽噺をも真実と思わせるだけの雰囲気があった。


 「久方ぶりに面白い人間だ。おぬしの話を聞こう」


 「ありがとうございます、氷竜レスト。商談というのも、あなたの鱗を譲って欲しいのです」


 アルバはレストが怒ったように顔をしかめるのを感じた。

 竜の鱗というのはその竜にとって、誇りといっても良い部位だと言われている。

 それを欲しいと言うのは、レストにとってあまり喜ばしい事ではないと言えるだろう。


 全身を銀毛で守られたレストにとって、鱗は顔と両足に少し見えるだけしかない。

 そしてレストは自分の鱗が人間に扱えるような物ではないと理解している。

 長い人生の中では人間に鱗を渡したこともあったが、それは魔王との戦いの為であったり、精霊の暴走を抑える為だったりと大きな理由があった。

 鱗を渡したのも相手が鍛冶の神に祝福されたドワーフだったり、大魔導を極めたエルフといった、人の中でも幾分かこっち側の存在だったからというのもあった。


 「それはダメだ。」


 「鱗を7枚譲っていただけるのでしたら、私はこれを差し上げます」


 考えるまでも無くアルバの話を断ったレストの前に、アルバは背負ってきた袋を下ろした。それはミスリルで作られたタルだ。

 タルは密封されているだけでなく、強化や破壊無効の魔法陣がびっしりと描き込まれている。タルはこの吹雪の中にあっても暖かそうな白い湯気の様な物を立ち昇らせていた。


 「タルの中身はサラマンダラの湯です」


 「な、なんだと!」


 それを聞いたレストは驚いたかのように顔を上げた。

 サラマンダラの湯といえば決して冷える事のない熱湯として知られている。

 勿論、氷竜であるレストの前ではその熱湯も冷えてしまうのは確実だが、それでも1日はその熱を保つことは出来るだろう。


 レストは神の力で氷竜になる前は寒がりで温泉が大好きな竜だった。

 しかし神の力で冷気を司る力を得てからは、温泉に入る事が出来なくなってしまっていた。レストの周りには常に吹雪が発生するようになり、それを自分でコントロールすることが出来なかったのだ。

 最近は力のコントロールも出来るようになり、少しは吹雪を弱める事が出来るようになってきてはいるけれど、まだ完全に抑えこむ事は出来ないでいた。


 レストは力のコントロールが出来るまでこの山から出ようとは思わないし、それまでは暖かい温泉も我慢しようと考えていた。

 神から授かった冷気の力はこの世界を保つために必要な力だし、神から与えられた仕事は自分なんかでは勿体ないほどに重要な仕事なのだから。


 しかし、アルバが持ってきたこのサラマンダラの湯があれば、諦めていた温泉に入る事が出来るかもしれない。それはレストにとってかなり魅力的だった。


 「しかし、そんな少ない湯では儂の前足も満足に温める事は出来んな。それでは鱗をやるわけにはいかん」


 「それなら大丈夫です。ここにマグマの実がありますから」


 そう言ってアルバが取り出したのは真っ赤な木の実だった。

 長い間生きてきたレストでも見たことも、聞いたこともない木の実だ。


 「この木の実を食べれば半日はあなたの冷気の力を封じ込める事が出来ます。その間にサラマンダラの湯を使ってこの山の湖を熱湯に変えれば、あなたでも入れる温泉を作る事はできるでしょう」


 レストはアルバの言っていることを半分も信用できなかった。

 神から授かった力を半日とはいえ封じ込むことが出来る木の実など、聞いた事も無い。

 サラマンダラの湯を使えば確かに湖を一時的に温泉に変える事は出来るだろうが、その前にある自分の力を封じる事が出来るとは思えなかった。


 「この力を封じる事は神にしかできない。戯言をいうな」


 神を侮辱したように感じられ、レストは怒りのあまり思わず吹雪を強くしてしまう。

 しかし、アルバは動じずに笑みを作ったままこう言った。


 「では、もしあなたが温泉に入る事が出来たら鱗はいただけますか?」


 「よいだろう! やってみるがいい」


 アルバが周辺の地形を調べたいからという理由で、温泉を作るのは明日という事になった。


・・・


 次の日の朝、アルバはレストの前にマグマの実を置いた。


 「先に入っておくが、儂には毒の類は効かないぞ? 毒の実を食わせて儂を殺そうと言う企みならば、失敗に終わると理解しておけ」


 「そんな事は考えてもいませんよ」


 レストは意を決しってマグマの実を食べた。

 効果は直ぐに表れる。久しく感じていなかった体の熱が蘇り、決して消す事が出来なかった吹雪が嘘のように消えたのだ。


 「効果は半日だけですので急ぎましょう。」


 アルバはそういうと山を下り始めた。

 目指すのは山の麓にある湖だろう。分厚い氷で蓋をされた湖の上には雪が積もっていて、湖を探すのも困難だが、レストが入れるような大きな湖といえばここら辺ではそこしかないのだから仕方がない。

 しかし、そんなレストの心配は杞憂に終わる。どうやら昨日のうちに準備は終わっていたようだ。湖の上にあった雪は退かされており、蓋をしていたはずの氷は砕かれていた。


 アルバがそこにサラマンダラの湯を流し込むと、砕かれたまま湖に浮かんでいた氷も溶けて湯気を発し始める。


 そこにはレストが諦めかけていたはずの温泉があった。

 恐る恐る前足を入れる。暖かさに体の疲れが吹き飛んでいくようだ。


 (あぁ、これこそ儂が望んだものだ)


 全身を湖に付けて、ホッと息を吐く。

 自分の前でニコニコと満面の笑みを浮かべるアルバという人間は気に食わないが、レストは彼の事を見直した。どうやら口だけの人間ではないようだと。


 「実はあのマグマの実は炎竜であるアグニさんから渡してほしいと頼まれていた物なんですよ」


 「アグニから?」


 「えっと、アグニさんとは少し前に別の依頼で知り合いまして。もしレスト山に行くのなら、そこの主である氷竜レストに渡してほしいと言われたんです」


 「そうだったのか」


 炎竜アグニと氷竜レストは小さいころからの幼馴染だった。

 アグニもレストと同じように神に選ばれて炎を司る炎竜へと進化している。

 彼もまた、その力のせいで自分の領域から外には出られなかったはずだ。


 「そうか、そうだったのか。ありがとう。約束通り儂の鱗はここから出たら渡そう」


 「ありがとうございます」


・・・


 アルバは氷竜の鱗を見事手に入れ、白銀のコートを作る事に成功する。

 後日、炎竜アグニの為にアルバは氷竜レストに貰った溶けない氷を使ってかき氷を作るのだが、それはまた別の話



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