プロローグ
ファンタジー。
それは、人間達が作り出した空想や幻想世界。
魔物が居て、モンスターと呼ばれる怪物が居て。ドラゴンやオーク、ガーゴイル、キメラ。
数え切れない程に、人間はそれを想像し、作り上げてきた。
時に宗教として作り上げたそれは精霊などと呼ばれたり、時に世界を救うという使命を託され、現実の平凡な日常を送る私たちを楽しませてくれる。
それが私の中の、大好きな『物語』だった。
違和感のある腹部をさすりながらも、私はそんなことを考える。
他にも、今年はつくづく厄年だったなぁと。特にどうでも良いことを考えたり。
大学時代から親しかった友人が行方不明になった、車を運転している時オカマ掘られた、幸い保険に入っていたからよかったものの・・・。首をやってしまったので、3日くらい会社を休んでしまった。
大きな事故が、相次いで起きていた今年。
そして今年・・・いいや、人生で一番大きな事件が、通り魔である。
お腹を見てみれば大量の出血、あふれ出している場所に収まっているのは殺傷能力が高いダガーナイフ。
私のお腹に目掛けて飛んできたそれは一瞬で、犯人が逃げるのも一瞬だった。
さながらプロの犯行である。
だがしかし!
凶器がダガーナイフとはな!!身近にあるものでの最強は自動車だ!!
わっはっは!!残念だったなッ!!
自分で考えて自分で笑う、そして笑い声と一緒に血を吹き出した。
ところで、なぜ私がファンタジーについて考えたかを整理してみよう。
周りを見渡せば白、白、白。
空に浮かぶ雲を連想させるこの風景はファンタジー以外の何物でもなかった。
そして刺された腹部は痛くない、死んだはずなのに生きている不思議現象。
混乱している、知らない場所に来たらとりあえずは散策してみろってばっちゃが言ってた。
「あっ」
立ち上がろうとしてみたが、足に力が入らずその場で土下座をしてしまう。
出血が酷いからだろうか・・・?
痛みを感じずとも、お前は死んでいるんだと言われているみたいで無性に腹が立つ。
血が足りない・・・。
元々あった物がないことが、こんなにも悲しいことだなんて思わなかった。
体が不自由になるとは、こんなにも苦しいことだったのか。
・・・血液が欲しい。
「血が、欲しい・・・!!」
「そんな君に血を美味しく頂ける機能をあげようっ!!」
突如聞こえたその声に驚き、顔を勢いよく上げる。
目に飛び込んできたのは、黒。
その・・・よく舞台袖とかにいるような姿をしている・・・そう、あれだ、黒子。
えっ、なんで脇役の黒子がここに?
「・・・やぁ、初めまして。君の名前は花子であっているかな?」
その質問に私は、咄嗟で首を縦に振ってしまう。
見た目からして限りなくアウトに近いアウトな奴に名前を教えてしまって良かったのだろうか?
しかし、もう名前自体はばれていた、横に首を振っても嘘だと見抜かれていただろう。
黒子の姿をしている目の前のそいつは、私の応答に満足そうに頷いた。
というかこいつは一体何なのだ。
こんなファンタジーの空間に突然現れたのだから、もういっそのこと神だと言って貰った方が納得がいくのだけれど。
「僕はね、神なんだ」
ごめん、やっぱり納得がいかない。
誰だこんな舞台袖とかにいるような姿をしている神を作った奴。出てこい。
「えー、宮本花子。一般的な中小企業で会社員をしており、結婚はしていない。もっと詳しく言えば恋人もおらず一人暮らしの日々を送っている。重度のゲーマーで主にファンタジー系を好んでおり、竜王から世界を取り戻したりして生活していた・・・と」
こいつ・・・!?私が長年隠していたゲーマーという事を知っているだと!?
ほ、本当に神なのかもしれない。
そう思ってしまえば開いた口が塞がらない、口の端から血がごぽごぽと溢れだしているが、塞がらない。
さらに神(自称)は話を続ける。
「そして本日、通り魔に腹部を刺され致命傷を負い、48歳という若さで・・・若くはないか。なかなかの年齢で命を落としてしまった・・・」
今なら起き上がってこいつをぶん殴れるかもしれない。
ぐぐっと両腕に力を込めて、地面を押し出す。しかし起き上がれなかった。
血って大事だね・・・。
「さて!そんな不幸な、不幸すぎる君はさっきなんて言ったかな?」
今なら起き上がってこいつをぶん殴れるかもしれない。
「違うでしょー?血をなんだっけ」
ほほう、心の声が読み取れるのか。
本当に神なのか。
「血がー?」
「・・・欲しいッ、です・・・!!」
絞り出せた言葉、もう喋る力もなくなって来ているというのに何てことを喋らせるんだこの神(自称)は。
今気が付いた!みたいな反応をして、両手の平を合わせてごめんねのポーズを作る目の前の彼。
謝るくらいなら血を恵んでください。
「そう、君は血が欲しい。血を飲みたい、乾ききった体を潤したい!!しかし君は死んでしまった、血を抜かれ体をナイフという杭で打たれ、死んでしまった吸血鬼のように・・・」
「吸血鬼は心臓だけれど」なんて物語を語るかのように喋る目の前のそいつ。
私の体はもう限界なのだろう、顔を上げることすら困難になってきて、今じゃ黒子の黒い靴しか視界に入らない。
それでも、彼は言葉を続けた。
「そんな君に、血をあげよう。機能をあげよう。血が飲めるようにしてあげる」
視界に入るように手を差し出してきた彼の表情はわからない。でも、笑っているのだろうなという直感が頭に入ってきた。
そうだ、私のこの姿はもう滑稽だとしか言いようがないだろう。自分自身でも笑ってやろうじゃないか。
ずるずると床に沿って、私は手を動かす。
ゆっくり、ゆっくりと。
彼はそれを静かに待ってくれている、私に力を与えようとしてくれている。
私は彼の、手を取った。
「君は今日から吸血鬼だ。不幸にも、今日命を落とした6歳になる吸血鬼がいる。両親も兄も失って、心を閉ざしてしまった吸血鬼の『シアン』という女の子だ」
自分の手が光に包まれ、粒子のように消えていく。
「君たちで言う異世界で、生きて、笑って・・・幸せに暮らして欲しいなぁ」
その穏やかな口調は、どこかで聞いたことのある声だった。
大学から仲が良かった親友同然の彼、行方不明になり警察からも見放されてしまった彼。
私に無償の愛を捧げてくれた、彼。
友人として、あんたが一番大好きだったんだけどねぇ。
「ありがとう。俺も友人として、花子が一番大好きだったよ」
そっか、なら、良かった。
完全に私が粒子になって消えていく。
高く空に上がっていく時、君は泣いたのだろうか、黒い仮面をさらに黒く染めていた。
でも、笑ってるんだろうなぁ。泣きながら。
大好きで大切な親友の君が、私の居ない世界でも
どうか、どうか。
「「どうか、お元気で」」