番外編 小林くんのこれまでのご様子 下
受験から慌ただしく過ぎ、気づくと明日は卒業式だ。
デスクで明日の卒業生代表の挨拶の文を眺めていた。しかし、理解して読むのは脳の片隅だけで、大半は……。
ボンヤリしすぎて集中出来やしない。
無駄だと思い、ベッドに倒れ込む。
どうしたものかと、一体。
原因は分かっているのだが、俺の思考は鈍い。
眼鏡を取り、諦めて何も考えず寝たかった。
どうやら、俺は、負ける戦に挑むのは酷く苦手のようだ。
当日。
「この学校の卒業生であることを誇りに思います。そして、これからの未来を僕らは信じ、歩きだします。在校生の皆さん、保護者の皆様、そして、僕らに携わってくれた先生方、本当にありがとうございました!」
壇上で一礼をする。
これで、俺の中学時代は終わった。
役目も終わった。
ーー後は?
教室での桜庭先生の話は何時ものようにイケメンスマイルで幕を閉じた。
多くの生徒が桜庭先生の別れを惜しんでいるようだった。
特に女子生徒が。
グラウンドに出ると在校生が花道をつくってくれていた。長い長い花道。笑っている者も泣いているものも、それぞれが最後の思い出を産み出そうとしていて。
その中に、俺の心を掴んで離さない小春の姿。
少し伸びた黒髪が春風に乗って靡く。
瞳が奪われるほど、彼女の姿は魅力的で。
小春を自分のものにしたいと思うのは傲慢だろうか?
小春の気持ちを知ってこの気持ちを言うのは自分勝手だろうか?
ーーちゃんとあの子にも伝えてよ。透くんの気持ち。
唐木の言葉がこのタイミングで甦ってしまう。
俺でも、彼女の幸せを願うことが、笑うことが出きるのだろうか?
楽しそうに城島と話し合う小春。コロコロと表情が変わる小春。
俺は1つため息をする。
「ーー当たって砕けろだ」
眼鏡をかけ直し、一歩一歩近づくと共に鼓動が速くなる。
ドクドクと鳴るせいで心なしか息が苦しい。
「ちょっと小春いいかな?」
そう呼び掛けると何時ものように目を合わせてくれる。
鼓動が鳴り止まない。
城島に退席してもらう際、『言葉、濁すんじゃないわよ』と有無を言わせぬ雰囲気で言われてしまった。
分かってるよ。だって彼女はこんなに鈍感と言われた俺より鈍感なんだろ?
濁さずに言うよ。男に二言はない。
ーー小春、好きです。
濁してない。大丈夫だ。しかし、直球しすぎてはないか。
かぁっと自分の血液が顔に集まるのを感じる。
小春は瞬きを繰り返している。
ダメだ。もっと決定的なことを言わなきゃ。
「友達としてじゃなくて……小春が好きなんだ」
フリーズしていた小春の顔が俺と同じ状態になった。
涙目になっていてこんな状況なのに可愛いと思ってしまうのは、大分俺は小春にやられてるだろうか。
ーーそして、答えは。
「本当にっ、ごめんなさい!」
ぺこりと頭を下げる小春。正直、ショックは勿論『あーやっぱりか』の感情がでかい。
その後、俺が小春にどう対応したか記憶が危うい。
うん、でも。きっと笑えてた。応援できた。心から。
やっぱり、成就するのが恋と言うのが一番幸せだ。でも、こんなのも悪くないんじゃないかと思ってしまうのは、偽善でも綺麗事じゃないことだけはハッキリ言える。
大切な人の幸せを祈るのも自分の自己満足かもしれないが、幸せかもしれない。
綺麗だった。何もかもが。
雲一片もない晴れ渡った青空も、満開に咲き誇った桜の木も、見慣れた校庭も、校舎も、風さえも、全てが終わった今、とてもクリアで美しい。
あれから4年の時が経った。
医者になるため医大に入り勉強漬け。でも、充実してると思う。
あれから小春とはメールのやり取りだけして、会っていない。
少し大人になった君はもっと綺麗なんだろうね。
不思議なことに小春への恋心があの時と変わってない気がする。つまるところまだ好きなんだと思う。
結局、小春の好きな人はわからず仕舞いで、どうなったかも分からない。本人に聞けばいいのだが、告白した人間が聞くとちょっとあれだ。
まぁ、俺がそんなこと聞く度胸がないのが一番の問題だ。
今一体どうしているだろうか?
聞きたいことはたくさんあるが、もし聞けるなら俺はこう言うだろう。
『君は今幸せですか?』
そして、君が頷いてくれたら俺が後悔なんて一切しないだろうってハッキリ言えるよ。
好きだよ、小春。
ありがとうございました。




