卒業
とうとう訪れた義務教育最後の日である。つまり卒業だ。
静粛の中で行われる式は一年の中でも一度だけだろう。
「義務教育の課程を修了したことをここに認める」
「小春ちゃん、卒業おめでとう」
「おめでとう」
「ありがとうございます」
数ヵ月前よりおじさんとおばさんとに距離は縮まり家族となったとはまだ言えないだろうが改善が視られ、一緒にいることが自然となっただけでも大きな進歩だった。
視点を上に向けるとどこまでも青空が広がっている。まるでこの日を祝福してるようだ。
「おねぇさま、ついにこの時が‼」
「なんだか、紗智菜ちゃん元気だね……」
中学生活最後だがやけに元気……否、やけに張り切ってるのは理由があるからだ。紗智菜は拳を胸に当て、決心するように大きく息を吐く。
「私はこの日をどれ程待っていたか……! ついにこのモヤが晴れると思うと目から汗が‼ いえ、それはいいんです。この際私なんてどうせサポートキャラクターにしか過ぎません。ですから、おねぇさま!」
「な、何でしょう……」
「今日何が起ころうとも絶対逃げないでください‼」
「は、はい?」
逃げないでの意味がわからず混乱する小春。小春の脳内では“敵”という字が浮かぶが検討違いで、ある意味小春には経験が少ないことから精神的な敵となるのだがそれを小春は知りよしはない。詳しくはいずれ訪れ、強制的に知らされることになる。それを踏まえて起こるであろう事を見越して小春に言い聞かせてるのだった。
「いいですか、おねぇさま。今回はおねぇさまにとって辛いかも知れません。だがしかし、おねぇさまが逃げたらおねぇさまも○×△も悲しい記憶として残るのです」
「今聞こえにくい部分が……」
紗智菜は華麗に小春の質問をスルーし言葉を紡ぐ。
「○×△も決死な覚悟です。おねぇさまもきちんと受け取ってください。まぁおねぇさまの事ですから友情という意味で勘違いして相手を一度舞い上がらせるがしばらくするとそういう対象ではないことに気づくでしょう。撃沈は目に見えてます……はい。おねぇさま、罪深き女です。おねぇさまは鈍感スキルが無駄に致命的に高くて、敏感スキルが無駄に致命的に低いので相手は並みの奴では心臓の耐久度が不足です。」
「えーっと、さっきから話が全く読めないんだけど……」
「えー、そうでしょう。そうなんです。おねぇさまは空気が読めないです。その場に漂う違和感に気づかないんです。ですからですね、いいですか……」
「ちょっと小春いいかな?」
紗智菜の熱弁を遮ったのは他でもない紗智菜が待ちに待った小林だった。紗智菜は何度かパチクリと瞬きのあと時間差で状況を理解出来た。
(来たな……初王子)
しかし、小林への違和感に気づいた。小林の表情はガチゴチの緊張顔ではなく、自信に満ち溢れているだけではなく、ただただ決意した男の子の表情だった。
「何? 透さん」
「城島、少し二人にしてもらってもいい?」
「えぇ、いいわ。存分に話すといいでしょう。ただし、小林くん」
そう言って小春には聞こえない音量で助言した。
「わ、分かってるよ」
焦ったような返事と赤面した器用な小林とにやついた口許を隠すように手を添える紗智菜。
「ありがとう。城島。本当に変わったな」
「今頃? だって私、城島ではないもの」
「え?」
「ほらほら、無駄話しないで、ね? さっさと言いなさいよね。あとがつまってるんだから」
小林に疑問を残したまま颯爽と立ち去る紗智菜。少し離れ、桜の木に背を預け瞼を閉じた。少しだけ暖かい春風が紗智菜の髪を揺らす。その姿はまるで桜の妖精のように美しい。誰も近寄りがたいその雰囲気さえ、一つの演出のようだ。
ーーどうか、おねぇさま。幸せになってください。
恩人である人の幸せをひたすら願った。
「小春」
「透さん?」




