模様
受験が終わりあとは結果発表を待つだけとなり、一日一日を大切にしようという声がよく聞こえる卒業間近の今日この頃。
普段と変わらないこの日常が、半年前は想像できなかったこの生活がかけがえのない時間だと身に染みて分かる。
授業はもうほとんどなく卒業式の練習が毎日のように時間割りにある。
卒業生代表は生徒会長を立派に努めた小林が壇上に立つことになっている。その所為か同級生はともかく後輩からも熱いまなざしを受けているようだ。当の本人は言われるまで気づかない幸せなアホさを備えていたが。それがまたいいという声もチラホラ聞こえていた。
その卒業のお蔭で卒業生を中心に告白ヒィーバーを迎えていた。小林のように後輩に好かれている一部の男子諸君は忙しい日々であろう。
それは今年に限ったことでもなく、ましてはこの学校だけではなく全国の学校という学校全てであろう。たとえ、同性しかいなかったとしても。
3月の風物詩だと言えるんじゃないだろうか。
そして今日の放課後も告白が行われるのだがいつもとひと味違った。
「あの、透先輩呼んでもらえませんか?」
小春が教室から退室しようとドアに近づくとモジモジしている可愛い女子生徒とお世辞には誉めれない女子生徒二人がいた。
どうみても引き立て役にしか見えないが小春は気づくはずもなく「透さん? ちょっと待っててね」と言い残し小林の元へ向かう。
「透さん」
「? 小春どうした」
「後輩の女の子が呼んでましたよ」
「誰か分かる?」
「ごめんなさい。名前聞くの忘れてました」
「大丈夫だよ。ありがとな」
「いいえ。透さんまた明日」
「あぁ、じゃぁな」
ここまではいつも通りだったが違ったのはここからだった。
小林が教室ドア近くにいくと後輩がひょっこり顔を出した。
「透先輩!」
「綾ちゃん、どうした? 生徒会で何かあったの」
笹木 綾は2年で、生徒会で同じで必然的に後輩の中では関わる時間が多く思い出もある。
「あの!」
突然笹木が大声を出して小林の肩がピクリと小さく震えた。「びっくりしたよ。顔が赤いよ。インフルエンザ流行ってるから保健室でみてもらった方が……」と小林は悪意なく言ったが笹木はそれが不服だったようで「ち、違います!」
即否定され、ではなんだろうかと小林は頭に血を巡らせる。ただし、小林がある意味のアホではなかったら血を巡らせなくても『呼び出し』の時点で何となく察し『赤面させてる』=キタキタ、となるのだ。周り反応はというと様々な感情がうごめいていた。
「あ、綾ちゃんだ。いいな、小林。あんな可愛い子に告白されるなんて男の鏡だぜ」
「でも、相手が透君ってちょっとかわいそういね」
「そうだな。いや、これからの人生の生け贄だと思って頑張らなきゃいけないだろう」
「山田、あんたイチイチいうことが中二病なんだけど! キモい」
「ねぇ、誰か俺に許可をくれ! 小林を殴り気絶させ、俺が三階から飛び下り死亡して俺の魂が小林の体を乗っとるという計画の許可をくれ!」
「人権を無視するような許可を出せる権限があるやつはいない。諦めろ」
と、様々。
小林に嫉妬を抱いている者もいない者もその様子をじっと見守る。他のクラスからもチラホラ野次馬が顔を覗かせている。
周りがザワザワしているのを小林は気づいておらず、ただ帰り時だから人が多いのだろう程度しか考えていなかった。
「わ、わたし、……透先輩のことが……」
言葉を紡ぐ度に赤面からさらに赤面と著しく笹木の血流は顔に集中する。後ろの友達二人はニヤニヤとその様子を興味津々にガン見している。
「俺のことがどうしたの?」
「えっと、あの……私はずっと……」
「?」
「ずっと透先輩のことが好きでした! 良かったら付き合ってもらえませんか!」
勢いよく頭を垂れ、はたからは見えないその表情は懇願しているかのように、それか何かに怯えてるように目を強く瞑っている。
「綾ちゃん」
小林に名前を呼ばれると恐る恐る顔をあげる。困ったように笑みを浮かべる小林。そして誰もが知っていた。小林が笹木に応えられないことを。
「ごめん。綾ちゃん。君とは付き合えないよ。本当にごめんね」
笹木は唇を噛みしめた。
「……いえ、謝らないでください。こちらが勝手にしたことですから」
潔く諦めた笹木に女子が「なんていい子なの」や「次、ガンバ!」と好印象を抱く者が多くいた。
「こんなことを聞くのもあれなんですが、理由を聞かせてください。その、自惚れとかじゃありませんから。聞かないと先輩を追いかけそうなので。お願いできますか?」
「いいよ。俺には好きな人がいるんだ。ただそれだけ。綾ちゃんが悪い訳じゃないよ」
「その好きな人って……宮倉先輩ですか?」
近くにいる者動きが止まった。何故なら小春を小林が好意を抱いているのはもう一般常識レベルに分かっているのだが誰も小林に直接聞くこともなかった。
その理由とは小春だからだ。いつでも逃げていきそうな弱気な小春だ。もし何処からか漏れ、小林の気持ちを知ってしまえば以前のように話せなくなることは目に見えていた。
小林が皆に愛されていたという証しでもでもあったのだ。
それが今公開告白によって小林本人から聞けることは野次馬魂に火を付けるのだが、何人かが辺りに小春が居ないことを確認する。小春はもうすでに帰宅しているが誰も気づいてない。
「な、なんで綾ちゃんが! 誰も言ってないはずなんだけどな……」
「なんでって……。たぶんほとんど人知ってるはずですよ。ってかバレバレなんですけど」
次は小林が赤面した。笹木は深くため息をつき「私、もう行きますね。大丈夫ですよ。当の本人は気づいていないようですし。ま、頑張ってください」と掌をヒラヒラさせながら来た道を戻っていく。
暫くの間小林は机に顔を伏せていた。
「なんか、小林って残念だな」
「それがいいんじゃないの。完璧じゃないのが。好きな女の子にはとことん弱いって魅力的だと思うな」
「小林は乙女ゲームに出てきたらいいかもな」
「だからちょいちょい二次元放り込んでくるな! このどアホ!」
こうしていつもと違う告白タイム終了したのであった。




