綻び
2ヶ月が経った。
まだ蒸し暑さはあるがもうしばらくすると秋本番を迎える。
「おねぇさま。またお泊まりしたいです」
「うん。いいよ。今週の土曜日でいい?」
紗智菜は嬉しそうに頷くとツインテールが喜んでるように揺れた。
「最近の城島が可愛いすぎる!」
「あぁ。俺も右に同意だ」
「まぁ、宮倉さんと話すとき限定だがな」
「普段話すとき、適当にあしらわれるからな……俺ら」
「そのギャップがいいんじゃないか」
「あと、小春ちゃんと話しても俺らに殺気が飛んでるが……ガチの」
「視界に入るだけいいじゃないか。お、俺なんか……」
「もう、話すな。お前が辛くなるだけだろ」
「う、うん。俺、男に目覚めてもいいかな」
「やめろ。一人で間に合ってる」
その日の帰り道。
小春の前から異様な雰囲気を醸し出すブロンドの髪の少女がこちらに向かって歩いてくる。
最初は気のせいだと思ったが青い瞳はしっかりと小春を見ていた。
しかし、その少女は小春の横を通りすぎる。
「残ねーん。今は力がないのね。また今度にするわ」
少し小春と離れて誰もいない路地に向かって粒やいていた。
「いらっしゃい。紗智菜ちゃん。どうぞ」
「おじゃましまーす!」
元気よく入ってきた紗智菜。それを微笑ましく見ながらこのお泊まりの目的、勉強を小春の部屋で向かい合って始める。
二人黙々と勉強し一時間半。
「休憩しようか」
「そうですね。疲れました」
「ふふ。じゃぁ、甘いもの持ってくるからね」
「はーい! ……おねぇさま、ベッドの下に何かを入り込んでるようですよ」
「え。何かな」
小春はベッドの下に手を伸ばし取り出すと、紗智菜は小さな声と同時に固まった。
「刀……?」
「……」
紗智菜は口を固く結び、成り行きを見守る。
何故なら、小春が泣いてるのだ。
自分が出る幕じゃないと分かっている。紗智菜まで泣きそうになるのを我慢しながら口元を手で隠す。
ーーおねぇさま。
私は見守ることしか出来ないの。
頑張ってください。
心の何処かで紗智菜は願っていた。
また、あのときのように戻ってくれないかと。
親しんだあの生活に戻りたいと。
強く望んでいた。
しかし、今の今ままで気づかなかった。いや、気づこうともしなかった。
自分の憧れの存在に幸せになってほしくて、と。
だけど、それは違ったのだ。
契約を切ったあの日からは小春に変化が起きた。
ずっと何かを探すように、何かに置いていかれたように悲しむ表情がいつもと変わらない笑顔に見え隠れしていた。
そんな小春に紗智菜自身心を痛めていた。
「まただ……。ごめんね。紗智菜ちゃん。少し前からこんな風に泣いちゃうんだ。おかしいよね。なんだろうね。この刀……。紗智菜ちゃんまで……どうしたの?」
小春はあわてて紗智菜に近づく。
紗智菜の瞳から涙がポタリと一滴流れ落ちる。
瞳は揺れ動いている。
「ごめん。私のせいだよね」
紗智菜はコクりと頷く。すると、小春は傷ついた顔をしてまた謝る。
紗智菜は涙を拭う。
「ちゃんと、覚えてるじゃないですか……」
「え……」
「本当に、おねぇさまのせいです」
「……ごめんね」
「大体、過去のことを引きずるから悪いのです。幾ら後悔しても何にも変わらないのに周りに心配ばかりかけて、一人で背負ってバカですか。大馬鹿者です。こっちがどんな思いで頑張ってもおねぇさまは何も分からないのに、心配したのが損です。おねぇさま、これからは後悔先に立たずというのと産むが易しというのを座右の銘にしてください!」
マシンガンの如く話す紗智菜に戸惑いを隠せない小春。
「だから、おねぇさま」
ニッコリと優しく微笑む紗智菜はゆっくりと
「もういない日々なんて過ごさないでください。
後悔しない時を過ごしてください‼」
「紗智菜ちゃん?」
全く状況を理解してないようで、目をパチクリと瞬きを繰り返す。
「おねぇさま、失礼します‼ 若葉!」
「え、ちょ! 紗智菜ちゃん⁉」
紗智菜は小春の腕を取り、右の手の中にはハサミが握られていた。
紗智菜は若葉の力を得ると、髪、瞳は緑色に染まる。
小春の腕にハサミで肌を傷つけると赤い細い線が伸びた。
ポタリと一滴の僅かな血が刀の上に落ちる。
刹那、小春の記憶にあるべきだった時が流れ込む。
それは孤独から始まり恐怖に染まる。
しかし、いつしか幸福の感情が流れる。
思い出す。
非日常な日々を。
漸と過ごした時を。
ポッカリと空いたパーツがはまった。
「漸さん……!」
名前を呼ぶとそこには気まずそうに視線を背ける漸の姿。
小春は涙が止まらなかった。
「……よぉ。うわっ」
「漸さん! 会いたかったですぅ!」
漸の胸に飛び込む小春は呂律が少し悪く、二人を見守る紗智菜号泣し、
「ごめんなさーい! 二人ともー! こんなことなら早く思い出させれば良かったよぉー!」
泣きわめく、女子中学生二人と困った笑みを浮かべるこの世のものではない二人。
実に奇妙な絵だった。
「漸さんの馬鹿ー!」
「小春、キャラ崩壊してるぞ……」
「いいんです! 二ヶ月ぶりに名前を呼ばれたー! もう、勝手に一方的に契約切りなんて許しませんからね! この2ヶ月私は何が何だかな分からないのに泣いたんです! 怖かったですよ! 前世を思い出してるんじゃないかと思いましたよ!」
小春は漸の気持ちをぶちまける。
「ご、ごめんって」
「謝って許すなら警察なんて要りませんよ!」
紗智菜はバックからスマホを取り出すと、小春の部屋から退室した。
その顔を明るい。
「あ、もしもし」
『どうしたの』
「実はおねぇさまの記憶戻した」
『戻した……か。ま、君ならそうすると思ってたよ』
「相変わらずウザい。でも、怒らないの? おねぇさまが欲しかったならこの展開は嬉しくないでしょ」
『そうですねっと言いたいところだけどそうでもないんだ。僕が好きなのは小春の笑顔だから』
「ふーん。声からして本心でしょうけど。ま、頑張れ」
『おや。応援してくれる?』
「今日だけは応援してやらないこともない。今日だけ」
『ふふ。分かったよ。じゃぁ、切るね』
「えぇ」
紗智菜は安堵しながら壁から聞こえる小春の元気な声に耳を傾けていた。
「良かった……のかな」
クスリと笑うと壁に背中を預けた。




