心の破片
教室にて。
日差しが容赦なく照りつける今日この頃。
「最近、浮かない顔してるな」
「そうかな……。夏バテかもしれない。ハハハ」
窓辺で話す小春と小林の姿は恋仲のように見える。最近では小春への妬みの感情は女子生徒からは殆どなかった。
理由は小林が分かりやすすぎて諦めがつくとのことだ。まだ、一部は小春に嫉妬はしているが。
紗智菜は遠巻きに二人の姿を見つめるが直接なにかを小春に言うことはなかった。
「若葉」
相変わらず制服の袖を掴んでいる。愛くるしい顔をあげると紗智菜の心配そうな顔が映る。
「若葉、私は見守るって決めたよ。だけどね、何て言うのかな……息苦しくてしょうがないんだ」
「紗智菜はまだ、アイツがいないことに慣れていないだけ。紗智菜が苦しむことはない」
「フフ。若葉らしいね。そうだね。そうだと願ってる」
心に引っ掛かる何かを紗智菜はまだ見つけられずにいた。
桜庭は受験シーズンに向けての対策で忙しそうにしていたが、なるべく小春に話しかけていた。桜庭からすれば少しだけ前の小春に戻っているように見えたのは紗智菜には黙っている。
帰り道にフッと立ち止まった見かけたケーキ屋。
「久々に買ってみようかな」
中に入ると、ふんわりと甘い香りが広がる。
「すみません。えーっとシュークリーム5つ下さい」
感じの良さそうな店員が「5つですね。少々お待ちください」と接客をする。
小春が帰宅するとおじさんとおばさんがシュークリームを一緒に食べる。
「小春ちゃん、シュークリーム1つ多いみたいだよ」
「え……。間違ってしまいました」
「大丈夫よ。勉強で疲れるだろうし後で持っていってあげるから」
(何で、5つって言ったんだろ……ついにボケたか? いやいや、まだ若いぞ。私は……うん)
自室に入り忘れるように勉強に励む小春にしばらくしておばさんが残った1つを運ぶ。
いざ、食べようとする小春だが手が僅かに触れていた。そして、頬には涙が伝う。
「っ……」
どうしてこんなに泣いているのかを理解できない小春。シュークリームを食べるだけでこんなにも心が揺れることが恐ろしくてしょうがない。
静かな小春の部屋に小さな嗚咽が木霊する。
あの日から2か月が経った。
小春も受験勉強で忙しいのかいつの日か胸の痛みは忘れていた。
それは幸運か不幸かまだ、誰にも分からなかった。
そして、いつしか誰も何も思い出そうともせず、最初から何もなかったように過ごし始めた。
一人分の空白は埋められることはなかった。




