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その道の正解

 小春の部屋にて。


 



 雀が気持ち良さそうに鳴くなか小春は重い瞼を持ち上げた。

(あれ……いつの間に寝てた?)

 上半身を起こすと小春はぼーっと辺りを見渡す。それから何をするわけでもなくパジャマを脱ぎ制服に着替えた。

 一階に降り、朝食を食べ、登校する。

 いつもと何ら変わらない日常だった。

 教室に入ると小林から挨拶され、返す。席に座り少し離れた窓の外を眺める。

「平和だな……」

(って何時もなんだけどな……でも、今日は静か)

 授業を受け、休み時間を過ごした小春は至っていつも通りだ。


「おねぇさま!」

「紗智菜ちゃん、どうしたの?」

「あれ? 今日はいないんですか? 最近過保護すぎって聞いたんだけどな……」

「?」

「あ、そうだ。桜庭見ませんでした?」

「え、今日は見なかったよ。紗智菜ちゃん、学校では先生をつけなきゃダメだよ」

「ごめんなさい、おねぇさま。気を付けます」



「何だか……物足りない気がするな」

 小春は違和感を感じながらもそれが何だかを突き止めようとはしなかった。

 疲れてるんだと自分を納得させながら。



 帰宅し自分の部屋で過ごす小春は何もなかったように宿題に取り込む。

 暗くなった頃、カーテンを閉めようと窓の外を見た。

「あれ……っ。情緒不安定だな……私。何で星空を見たくらいで……泣いてるんだろう」

 空は天の川が輝いていた。

 溢れ落ちる小春の涙はその物足りなさの理由を教えてはくれなかった。

(受験かな? まだ夏休みも始まってないというのに不安になってる……バカみたい)






 その翌日のことだ。

「おねぇさま、おはようございます‼」

 朝から教室にやって来た紗智菜はいつもよりイキイキしていた。

「今日はいつも以上に元気だね。どうしたの?」

 紗智菜に黄色いファイルを開く。

 そこには小春の写真が収まっていた。

「紗智菜ちゃん、これ……」

 紗智菜は満面の笑みで「はい、今日で無事おねぇさまの写真が50枚達成したのです!」と告白した。

「紗智菜ちゃん、ストーカーの域に達しちゃってるよ……」

「えへへ」

(褒めてないよ……)

「おねぇさま、それより昨日からいないんですけどケンカでもしたんですか?」

 小春は首を傾げる「誰とケンカするの?」と不思議そうに聞き返す。

「漸の野郎に決まってますよ! また実験とか言われて何かされてないですか?」

「漸……さんって誰? 紗智菜ちゃんの友達?」

 紗智菜は慌てたように小春の肩を掴みながら畳み掛ける。

「おねぇさま! 何言ってるんですか? 紺色の着物を着た18ぐらいに見える年齢不詳の! こう言うのもなんですが、きちんとしたイケメンの漸です!」

 小春の返答は変わらない。

「紗智菜ちゃん。私はそんな人知らないよ。18ぐらい人に知り合いなんていないし」

「まさか……おねぇさま。契約切ったんですか」

 小春は首を傾げるかわからないと答えるだけで話にならなかった。

 紗智菜は肩を震わせ「おねぇさま、また後で来ます」と低いトーンで何やら急いで去った。

「何かを怒らせること……したのかな?」

(誰だろ……漸さんって)





「と言うわけなんです」

「なるほど……契約は向こうが切るからね」

 紗智菜と桜庭は誇りくさい資料室にいた。

 紗智菜は悲しげな顔に対し、桜庭は至って普通だった。

「それって、大人の余裕ですか。おねぇさまがこんなことになってるのに」

「いいや。僕はこれで良かったと思うよ」

「自己中心的な考えも大概にしろ!」

 紗智菜の口調は荒い。瞳からは確かな殺意が桜庭に向けられていた。

「誤解しないでくれる? 幾ら僕でもそんな残酷な感情は持ち合わせてない」

 胸ポケットからスマホを取りだし、ため息をつきながら紗智菜に見せた。

「これ知ってるかい?」

「知ってる。おねぇさまに成りすましてるくそのことでしょう」

 桜庭は壁に背中を預けた。

「なら、話は早い。……小春は君みたいに直ぐ開き直る性格はしていない」

「なんか汚された気がするけど……分かってますよ。おねぇさまはなんというか引きずるタイプですね」

「そうだ。だからこそなんだよ。漸との契約さえ切れば記憶……行いもなかったことになる。ここからは推測だが、しがらみから解放してほしかったんじゃないかな。普通の人生を送ってほしかったんじゃないの?」



 ーー全てを忘れてさ……。





「で、でも。おねぇさまに忘れられる……それって辛いと思う。自分のことを一切覚えていないなんて悲しいのに何で……。少なくとも漸にはメリットなんてない。契約を切れば、あの刃に閉じ込められたまんまで、見守ることもできないんでしょ……それなのに何で」

「何で……か。さぁ、紗智菜。君の若葉や僕の岸には人間と同じ感情がある。体温がある。僕たちと存在違うだけでちゃんと人として生きるんだよ。ただ、周りから認識されないだけ……それだけなんだよ。違うと言ってもそれは分厚く冷たい壁で仕切られている」

 紗智菜はうつむき、黙って桜庭の言葉に耳を傾けていた。

「言ってること分かる?」

 優しげな声で問う桜庭だったがそれはそれで残酷な質問だっただろう。

「……若葉みたいな存在は自分の身を引くことしかできない」

「うん。今かなりぶっ飛ばして答えたけど、漸は小春に想いを抱いてたんじゃないかな? 愛するものが幸せになるのにはどうしたらいいか。その結果自分が身を引くことが一番……それだけだったのさ。男というものはそういうものさ」

 紗智菜はぎゅっと拳を握り、涙を踏んだ声で小さく言葉を漏らす。

「私は……私は何もするなってことですか?」

「君は君で決めればいいさ。僕が手を貸すなとは言わない。ただ小春が“人を殺した”過去なんか忘れて全うな人生を送ってほしいと願うなら見守るのが正解だと僕は思うよ」

 顔を上げて「私も……そう……思います」と噛み締めながら言った。





 ーー見守るのことが僕(私)の正解。


   大事な人を思うなら。



   その道を信じて歩くだけだ。
















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