その声
小春の部屋にて。
薄ピンクのパジャマ姿の小春は唸りながらスマホとベッドの上でらめっこしていた。
(何でこんなことに……)
深刻そうな顔をしている小春に気付き、声をかけると少し潤んだ目で漸を見つめ「ぜ、漸さん……どうしましょう」少し震えた声だった。
そんな小春に一瞬漸はたじろんだが首を横に振り思考を外に追いやった。
「どうしたんだ? 今にも泣きそうじゃないか」
小春は画面を漸に見せると見出しには
『救世主サムライ再び到来!』
「これは……」
「最近は何も起こしてないのにあちこち……ドッペルゲンガーですかね」
「そんな非科学的なことが起こるはずないだろう」
「漸さんいる時点でいますよ、ドッペルゲンガーぐらい」
「酷い言われようだな……俺」
小春はバタンとベッドに横になると、「また嫌な予感が……」と呟く。
小春が言うには銀行強盗、誘拐、殺人……等々とにかく罪を犯した者の前に現れ、小春同様不信死で殺すらしい。
あの、強盗以来小春は目立った行動をしてない。
なのに、最近になって小春ではない何物かがいるらしい。
「せっかく、記憶から忘れられた頃だと思ったんですけど……でも、3人も私自分の手で殺ってるんですよね……」
そう言って自分の右手を見る小春は悲しげだ。
「……一生背負わなきゃいけない罪、分かってはいたんですけど正直辛いです。最近は紗智菜ちゃんや透さん、桜庭先生たちとこうして仲良くさせてもらってるせいか……よく考えるんです」
「償いをしないといけないのに、自分は幸せに暮らしていいのかって……」
「小春……」
小春はへなっと笑いながら「思ってもしょうがないですけどね……」と。
「ごめんな……」
突然謝った漸に驚き、起き上がる小春は心配そうな顔で漸を見る。
「力を与えたばっかりに辛い思いをさせて……」
「そんなことないです。漸さんのおかげで皆と仲良くできたんです。一人にならないで済んだんです。あの時、人を殺めてしまったのは私の責任です。漸さんは悪くなんかないです」
とうとう、ボロボロと泣き出す小春。
漸は何かを決めたような顔をした後、小春の腕を引き自分の腕のなかに納めた。
「小春……」
「漸さん?」
ーー契約を切ろう
小春の耳元でそう囁いた。
その言葉を理解し、漸の顔を見上げると切なさそうな表情をしていた。
「どうして……?」
「小春は十分苦しんだ。元の生活を送るべきだ」
「そんなの……嫌……絶対に嫌です。守るって言ったじゃないですか!」
漸は小春の小さな背中を叩いた。
「ごめん。約束破らせてもらう。大丈夫だ。今のお前の周りのやつがちゃんと守ってくれる」
「私は漸さんがいいんですっ! 漸さんしか駄目なんです……。お願いです。漸さん……」
漸は小春の涙を親指の腹で拭いながら「ごめん」と一言。
「契約を切ったら、漸さん見えなくなるじゃないですか」
そう、同じ力を持っている同士しか見えないのだ。漸との契約を切れば当然見えなければその声も聞こえなくなる。
「大丈夫だ。契約さえ切れば俺と過ごした8ヶ月間の記憶の一部は消える。俺を思い出すことはない」
「それ……って。漸さんと過ごした記憶だけ消えるという……ことですよね?」
「物わかりがよくて助かる」
「そんなのもっと嫌です! 漸さん私と一緒にずっといてください……」
漸はクスリと笑う。
「その言葉他の奴に聞かせたい……。ありがとな……小春」
小春は漸の首に抱きつく。涙ながらに「止めて」と訴える。
その願いは叶わなかった。
「小春、こっち向け」
小春を引き剥がすと、小春の後頭部を支え唇を重ねた。
「えっ……」
優しく微笑んだ後、いつものように小春の頭に手を乗せた。
「ありがとう。……頑張れ」
「漸さん……まって……」
「我が名は漸
契約主 宮倉 小春との縁を切る
絶」
その瞬間小春は倒れた。
薄れゆく意識の中小春は呼び続ける。
8ヶ月間ともに幾多の困難を乗り越えた奇妙で非日常を与えてくれた唯一無二の存在の名を。
共に居たかった存在の名を。
闇から救いだしてきた救世主のような存在の名を。
初めて心を動かされた“人”の名を。
ーー漸さん……
行かないでよ……
漸さんっ……
『ごめんな』
『小春』
頭の中で響いた心地よい声を愛しく感じながら、深く眠りについた。




