入院生活
小春が最初に見たものは白い天井だった。
ここ半年で2回目だ。
(病院……またかぁ)
起き上がろうとするが、どうやら点滴をされてるらしく断念した。
時計はまだ昼時を指している。
窓の外はどしゃ降りのようで、よくよく見ると小春がいるのは個室だった。
(えーっと、何があったんだっけ? 先生の件を終わらせて……体育館へ行って……あ……)
小林と件を思いだし、小春は小さく叫んだ。
(なぁ……! 私は何をされて……‼ 学校行けない。ムリムリ、コミ力低い人にはどうあの事を言い訳すれば言いか分かりませんっ! でも、あれって弁解の余地ある? 無いよ‼)
病室に一人で悶え苦しむ中、ドアをノックする音が。
「はい」
入室したのは白衣の天使、看護師。
黒髪を結い上げた綺麗な女性は驚いたような顔を見せたあと、笑みを見せながら、
「おはようございます。昼ですけどね。何時、お目覚めで?」
「ついさっきです」
「じゃ、ちょっと待っててね」
そう言って退室し、暫くたつと薄い眼鏡を掛けた医者から小春は二日寝ていたと聞かされた。どうやら原因は過度のストレスと疲労だった。
小春は内心ですよねーっと思いながら医者の話に耳を傾けていた。
(はぁ……)
それから数時間後、保護者の二人が来てかなり心配され抱き締められたのは言うまでもない。
「漸さん、おはようございます」
「よう、三日ぶり」
あれから、いつまにか眠っていた小春が次に目覚めたのは朝方だった。
「漸さん、桜庭先生どうなりました?」
「えーっと、なぁ。まぁ、あれだ。いずれ分かる」
「どうして、そんなに歯切れが悪いんです?」
不信がる小春の顔に漸は「知らない方がいいこともあるんだよ、小春」と言われ首を傾げるばかりしか出来なかった。
数時間後、小春は漸の言葉の意味が分かるのであった。
「Oh! マイ、スイートハニー! 僕のせいでごめんよ……。もう、今回みたいなしないから許しておくれ! あぁ、でも許さないでもいい。小春の顔をよく見せておくれ!」
「ハ、ハニー?」
小春に顔は盛大にひきつった。
(何、この人)
その正体とは桜庭であるのだが、以前のような狂気的な雰囲気は消え、小春に熱いまなざしを送っていた。
そう、それは幾多の困難を乗り越え、やっと結ばれた“婚約者”を見る瞳に近かった。
「この僕が愚かだったよ。いくら君のことを愛してるとはいえ、力ずくで手に入れようとするとは……‼ これからは君のことを大事にするよ……」
「ごめんなさい、おねぇさま。コイツを止められず。まだ回復してないのに連れてきてしまいました。つい、おねぇさまのジャージ姿の写真に負けてしまいまして……」
そう言って、鞄から取り出した写真を大事そうに抱き締める紗智菜。
後ろにくっついている若葉は何やら呟く。
「僕の紗智菜……」
誰の耳にもその声は届かなかった。
「しゃ……写真?」
「僕が隠し撮りしたものだよ。ジャージは少し大きいのかモエ袖が可愛くて……パシャっと」
誇らしげに語る桜庭の姿にただ呆然とする小春。
(普通に……犯罪)
この二人がいきなり病室に入ってきたと思えば、桜庭は小春へ愛の囁きをし、紗智菜はキラキラとした顔で小春を見るのだ。
「ハニー、教えてほしいのだが。どうして仕組んだのが僕だって分かったんだ?」
「ハニーじゃないけど……。えっと。簡単ですよ。爆発音がしたのに生徒残して職員室行きませんよ。何者かが学校に入ってきて生徒襲う可能性がありますし。しかも、あんな早く対処もしてましたし。“避難”という言葉は使わないで、学校で提示している合言葉を使って、体育館へってくださいっと言うはずだと思ったからです。一か八かでしたけど……」
「さすが! おねぇさま!」
「君に惚れたことを誇りに思うよ!」
「ハハハ……」
「漸さん……これは……」
「まぁ、違った道に行ったというか……」
「もう、泣きたい……」
暫く(一方的に)談笑したあと二人は帰った。
ドサッとベットに倒れた小春は小さくため息を吐いた。
「お疲れ、小春」
「本当ですよー。でも、前よりはましかもしれませんね。ずっと、一人よりは……」
「そうか」
コンコン。
(今日は多いな……)
「はい」
「宮倉、具合はどうだ?」
「……もう、大丈夫ですよ。わざわざ、ありがとうございます……」
何食わぬ顔でお見舞いに来た、小林。
(プチパニック……いや、でもお見事だよ。よ、さすが鈍感!)
小春はもう、開き直った。
女子を平気で抱き締める鈍感野郎にいちいち付き合っていたら精神が持たないと判断したからだ。
残念ながら小春は恋心というものは持ち合わせていなかった。
「倒れた時は驚いたよ」
「ご迷惑お掛けしました」
「いいよ。宮倉だし。俺たちよく巻き込まれるな」
「……本当ですよね」
(ごめんなさい、今回は私のせいです)
「でも、ガス爆発らしいよ。ガス管がなんか不具合起こしたみたいで」
「ハハハ」
(よくやるなぁ……あの人)
「あのさ、宮倉……」
「?」
緊張した面持ちの小林。
ーーコイツ、まさか!
いやいや、そしたら鈍感返上だぞ!
漸が静かに焦る中、小林が言ったのは、
「小春って呼んで言いかな?」
この病室でただ一人、ポカンと口を開けたものが一人。
勿論、漸だ。
「え、はい」
「宮く……じゃなくて小春も透でいいから。あとため口でお願いできるかな?」
「呼び捨てはちょっと……ため口は分かりました」
「そっか、ありがとう。長居したら悪いからもう帰るね。じゃ、また学校で」
「う、うん。またね」
小林が退室した後、漸はというと「小春、もう人のこと言えないな」と言われた小春。
「な、何がです?」
「いや、その……あれだ。こうされたらどうする?」
漸は小春の横に座り腰を抱き寄せ、頬に手を添え目を合わせさせる。
「どうって……?」
「だから、どう思う?」
「えっと……あのっ……」
この展開に顔を赤面させ、再び到来するパニック。
その小春の顔を見た漸は体を離し、「うん、分かった。こりゃ……大変だな」と呟く。
「漸……さん?」
小春は赤面させたまま固まっていた。
鳴り止まぬ心臓に驚きながら。
「まぁ、実験?」
そう、漸は実験していたのだった。
小春は小林に名前で呼ぼうと言われながらかつ、その前に抱き締められていたのに、気づかないその心理を。
どこまで、すれば接近すれば心が乱れるのかを。
そして、実験結果は……
ーーうん、鈍感だ。
超ど級の。
「うわぁ! 何すんだよ!」
小春は側にあった枕を投げ、漸の顔面にヒットさせた。
「バカバカ! 漸さんのバーカ! 先生と同じくらいの変態!」
「アイツと同じにするな‼ 俺は変な趣味なんか持ってない!」
「同じです! 何の実験か分かりませんが、……するなんて変態です! 同類です!」
「うわぁ!」
こうして、賑やかな入院生活は終わったのであった。




