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信じるもの

 音楽室にて。






 紗智菜が桜庭の背中に飛び蹴りをされ、桜庭は顔面から床にぶつけた。

 だからなのか、さっきまで小春を縛っているものから開放され、床に座り込む。



「おねぇさま、大丈夫ですか? 何やら、顎クイされてたようですが……されてませんよね?」

 後半部分の言葉がやたら低くなり、気になったがあえてスルーをした。

「だ、大丈夫だよ。それより、ありがとう。助かったよ。それよりどうして?」

「え、あぁ。小林君が宮倉がいないってちょっとばかりパニックてましてね。それで、小林君に宮倉を知らないかって鬼の形相で聞かれましてね、おねぇさまに危ないことがあってはいけないと思って、学校中走り回っていました。偶然……変態に襲われているところを見たわけです」

「そっかぁ。今回は小林さんに感謝だね」

 もし、小林が小春がいないことに気づかなかったら……それを紗智菜に訊ねなかったら、今ごろはと考えると身の毛がよだつ。

「おねぇさま、顔色が悪いですよ。後は私が始末しておきます」

 小春は紗智菜の提案に首を横に振る。

「そんなわけにはいかないよ。これは私の責任でもあるから。きっちり終わらせないと」

「おねぇさまが悪いわけではありません。全てはこの変態が悪いのです。おねぇさまを独り占めしたい気持ちも分からないわけではありませんが。でも、この変態は悪い」

 心底怒ったようにに桜庭を睨む紗智菜。

 紗智菜に小春はなだめるように話す。

「紗智菜ちゃん、ありがとう。でもね、紗智菜ちゃんにもう罪を被ってほしくないし、そんな紗智菜ちゃんも見たくないよ。紗智菜ちゃん、ごめんね」

「おねぇさま……」



「ごめんねぇー。二人とも。僕をさっきから無視しないでくれる?」

 いつのまにか復活してたのかこちらをあきれたような顔で見ていた。

「ちっ」

 桜庭の声がしたとたん紗智菜はあからさまに嫌な顔をした。

「紗智菜ちゃん、目をみたらダメだよ。さっきの私のようになるから」

「気をつけます」

 

 紗智菜が来たことで、小春側が有利だがまだ油断は許さない。


「おねぇさま、おねぇさまとはじめての共闘ですね」

「そうだね。さっさと片付けて小林さんに顔を会わせなきゃだね」

 紗智菜はポッと顔を赤くし、「鈍感におねぇさまは渡しません」と小さく呟いていたのを小春は知らない。

「あぁ、君の本当の名は紗智菜と言うんだね。二人とも僕の大事なコレクションにしてあげるよ。さぁ、おいで……」

「黙れ、変態。変な趣味持ってんじゃねぇよ。きもいのだけど」

「これは手厳しいな。心配しないで。小春同様、紗智菜もちゃんと愛してあげるよ」

「ちっ!」


 

 紗智菜は音楽室の床を勢いよく蹴り桜庭に襲いかかる。しかし、先手を打った紗智菜であったが桜庭にうまく受け流される。



 ーーアイツ、上手いな。



 漸の声が小春の脳内に響く。

(実力の差……)

 桜庭の動きは素人ではなかった。それは素人目でも見ても明らかだった。


 剣道有段者。


 そうである確率が高そうである。

 持っているものと持っていないものとでは天と地の差が生まれる。

 今、この光景がいい例である。


 紗智菜と桜庭の刃が合わさって1分弱。

 紗智菜は苦悶の表情。桜庭は余裕の笑みだ。

 

 小春は小さく深呼吸をし、心を落ち着かせる。

 桜庭のみを目に捉える。


 共闘と言うのは本来一か八かで出来るものではない。

 長く一緒に呼吸した同士で、かつ、信頼してるもの同士ができる至難の技。

 ここはゲームの世界ではない。

 味方に自分の攻撃が当たらないように注意を払う必要がある。

 だからかこそ、一人での普段の戦いより質が下がる可能性があるのだ。



 それを分かってるのか分かっていないのか、小春は二人の間に生まれる隙をつき参戦する。


「っ!」


 小春の突撃のタイミングはこれほどいいものはないというぐらいバッチリだった。

 しかし、その攻撃は桜庭の腕をかすっただけで終わった。


「うぁ!」

「紗智菜ちゃん!」







「紗智菜、戦いというものはね手だけじゃなくてね足を使わなきゃだよ」

 桜庭は身体強化された二人を相手に紗智菜を蹴りあげたのだ。

「そんな目で見ないでくれよ。僕は女の子には嫌われたくないんだ」

 もし、これらの言葉を聞いていたら何人もの人間から白い目を向けられていただろうか。

 きっとこう言うだろう。


『変な趣味持ってるくせに何言ってるんだよ、このド変態が‼』

 と。




「紗智菜ちゃん、ダメ!」

「この……」

「あぁ、引っ掛かったー! 小春がちゃんと注意してたでしょ? 悪い子だね」

 紗智菜は不覚をとってしまった。つい、紗智菜は桜庭の目と合わせたのだ。



 小春は紗智菜に駆け寄り声をかけるが気を失ってるようだ。


「次は君の番だよ。小春」

「……」

「おや、無視かい? ま、いいさ。後でゆっくり返事の仕方を教えてあげるから」

 桜庭はペロリと自分の唇を舐めた。

(どうしたら……)



 ーー小春!


  目を閉じろ‼



「え、でも……」


 ーーいいから。


   時には視覚よりも聴力で相手を見ろ。


   今の小春じゃ、あの変態に勝ち目はない。


   確実に負ける。


「……」



 ーー俺を信じろ。




「……分かった。私は漸さんを信じるよ」



 小春はすっと瞼を落とし、耳に集中した。



「どうしたの? 小春。目なんか閉じちゃって。僕に口づけでもしてほしいの?」


 小春の耳障りな声が聞こえるが完全に無視をした。



 ーーどこまでも変態だな。




 ゆっくりと近づく桜庭の足音。

 正直、小春は不安でいっぱいだ。

 これまでの人生、全神経を聴力に頼ったことはない。

 全ての情報は視覚に頼っていた。

 なのに今は見えない。

 暗闇の世界しか広がっていない。



 ドクッドクッと身体中になり響く音。



 ーー落ち着け。


  小春なら大丈夫だ。



(うん)

 漸の声ですっと鼓動が静まる。

 

 足音が止み、直ぐ側に人の気配。

 それは間違いなく桜庭だ。


 頭の上から服の擦れる音と空気を切る音が聴こえた。


「なん……だと」


 小春は刀で受け止めた。

 しっかりと。

 


 ーー小春、行け!



(はい!)


 それからは小春の怒濤の攻撃だ。


「クソ!」


 桜庭は完全に受け身の状態だ。

 踏み込み、斬る。

 完璧な動作だ。


(聴こえる。音で分かる……。視える)


「うあぁ!」


 桜庭をついに壁に追い込み、剣先を首筋にピタリとつける。




「私の勝ちです」



「……えっ」




 桜庭が驚いたのも無理もなかった。

 小春は刀を下ろした。



 フッと息を吐き、

「私は貴方を殺しません。ですが、」

「うがぁ!」

 桜庭の腹に渾身の膝蹴りを入れた。

 あまりの痛さに、倒れ込む桜庭。



「次は、殺します」

 その言葉には何の感情も籠っていなかった。

 コトンと桜庭は意識を失った。





「お、終わった……」

 力を解くと一気に疲れが出る。

「よく、頑張ったな」

 ポンっと頭に置かれる漸の手に安心する。

「ま、欲を言えば殺せば良かったものの」

「ハハハ……。そうですね。死体の後処理に困りますし。それに……」

「それに……?」

「こんな人ですが、少なくともここには必要としてる人がいる。特に女子生徒は。だから、最初から殺す選択なんてありません」

「そっか」




「お、おねぇざまー! かっこよかったですー!」

「いつのまに、目覚めてたの?」

 勢いよく抱きつく紗智菜にあたふたする小春。

「今さっきです。サイコーです。最後の『次は殺します』よかったです!」

「アハハ……」

(もしかして、最後のところしか見てなかったのかな?)

「変態、殺さないのですよね? お優しいぃ。 後は適当に私がそこら辺に放り投げとくので体育館へ顔出してください。そろそろ、騒がれますよ?」

「そうだね。ありがとう。あの人気絶してるようだけど、気を付けてね」

 紗智菜は親指を立て言い放った。

「大丈夫ですよ。きっとあの一言で心を掴んだはずです! また一人おねぇさまファンが出来ました」

「ふぁ……ファン?」

「はい、おねぇさま! 変態には私と同じ臭いがします。しっかりとおねぇさまのファンとしてどうあるべきかしっかりと叩き込んで……それから……」


「小春、諦めろ」

「ハハハ。じゃぁ、紗智菜ちゃん。体育館に先に戻ってるね」

「はい、おねぇさま! いってらっしゃい‼」




 疲労が溜まっている体に鞭をうちながら、体育館へ行くと警察の方がちらほら見かけられる。

「大騒ぎになったなぁ」

 しばらく傍観してると、前方から走ってくる人影。

「宮倉ー!」

 この事件の影の貢献者、小林だった。

「小林さん……えっ!」

「な!」

 漸が思わず固まった。小春もその同類ではない。

「「えー!」」

 周り(女子が多い)が叫んだ。警察の方が耳を塞いだぐらいの声が体育館に響く。

 

 そう、小林は近づくなり小春に抱きついた。いや、抱いた。

 腰をしっかりと支え、頭に手を回す。

 さすがの小春もこれには赤面した。

「小林さ……」

「心配したんだ! どこ行ってたんだ‼」

「ご、ごめんなさい……」

「でも、よかった……。無事でよかった……って宮倉!」

「……」

 

 小春は小林の腕のなかで静かに倒れた。





 









 こうして、変態によって起こされた事件は幕を閉じた。


















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