悪蛇
音楽室にて。
桜庭から放たれている圧倒的な威圧感。
小春に直接的向けられる隠す気もない殺意。
いつも授業になると響く生徒の歌声、放課後になると吹奏楽部が奏でる賑やかな音色がこの音楽室からだと言うのに、今この瞬間は巨大な闇に包み込まれているようだ。
小春達だけがまるで違う場所にいるかのような錯覚する。
「さぁ、始めようか!」
桜庭の言葉と同時に地面を蹴ろうとするが小春の体は動かない。
それどころか、何かに巻き付かれ縛られるかのようだ。
そうそれは、大蛇に身体中に巻き付かれる感覚に酷似している。
「っ!」
(何……これ。)
ーー小春大丈夫か‼
答えは否だ。
体が圧迫され息をするのも苦しい。
唯一の救いは刀を辛うじて握れていることぐらいだろうか。
「ふははははっ!」
「何が……面白いのですか?」
突然お腹を抱えて笑いだした桜庭。
小春にはもう何がなんだか分からない。
「救世主よ。この僕が正々堂々と戦うとも思ったかい? 思ってたみたいだけど。ったく君は、ばか正直にも程がある」
「はぁ?」
「その力を得て、わざわざこの世の騒がしい事件に首を突っ込まなくても、君は中学生らしく暮らせばいいのに。メディアに大きく取り上げられて。笑ったよ。本当に……」
「私の勝手です……」
小春は桜庭を睨むがさして効果はないようだ。それどころか、小春に近づく。憎たらしい笑みを浮かべながら。
桜庭は小春の頬に触れ滑るように撫でた。
「触らないで‼」
「いいねー! その表情。僕はその恐怖に満ちた顔がだーい好きなんだ」
全身に鳥肌が立つのを感じながら、動けない自分の体を恨んだ。
桜庭は小春の顎を持ち上げ、真っ直ぐと目を合わせる。いわゆる顎クイなのだがそこには胸キュンというものは存在などしなかった。
すると、さらに何かから縛り上げる力が強まる。
「っ!」
「苦しいかい? そうだろうね。僕の力は“拘束”なんだよ。僕と目があったらその瞬間僕の意思で縛れるんだよ。分かったかい?」
桜庭のスキルは今までと違った。
小春や紗智菜のスキルというのは刀で斬った瞬間発揮されるものだ。
桜庭の武器は小刀であるが本当の戦力は桜庭の眼球そのもの。
それは小春にとって大きな誤算だった。
「あぁ、早く君をコレクションにしたいよ」
(コレクション……?)
小春に疑問が浮かんだ。
小春は自分と戦いたいからだと思っていたが、桜庭は今コレクションと言った。
命の危機の前に色々桜庭はヤバイ奴だった。
「僕は君みたいに特殊な能力をもった可愛い少女を家にコレクションするのが趣味なんだ。いい趣味だろ? そんなに嫌悪感を出さなくてもいいじゃないか。大丈夫。僕は君を大事にするよ。今まで、一人で辛かっただろう? もう、一人にしないよ」
「僕が愛してあげるよ……小春」
ーーキモいキモいキモいキモいキモいキモいキモい
小春の脳内はキモいで埋め尽くされていた。
漸がさっきから何か言ってるようだがそれどころではなかった。
顎クイのまま桜庭の形のいい唇が近づく。勿論、小春のにだ。
桜庭のファンだったらこの状況は万々歳だろう。
たぶん、桜庭の趣味を知ったとしてもだ。
小春は違うのだ。体も拒絶してるのか吐き気がした。
ヤンデレとは訳が違う。
例え、桜庭がイケメンだとしても断固拒否したい。
「っ!」
もう、言葉も出なかった。
「愛してるよ……僕の愛しい小春……!」
胸焼けしそうな甘い台詞と、ヘドが出そうな台詞。
その刹那ーー
「私のおねぇさまに何をするー!」
その台詞を吐きながら、音楽室のドアを蹴り破り、桜庭に飛び蹴りをした人物の髪が小春の視界を緑に染めた。
「紗智……菜……ちゃん」




