ヒーロー
短めです。
絶望に包まれた廃ビルにて。
小春の瞳の中の光景はゆっくりと見えていた。スローモーションよりも遅い。
しかし、確実に小刀の刃は心臓へと伸びていく。
「!」
抗おうと唯一自由を許されている足で沢本の腹部を蹴りあげる。沢本は尻餅をついただけだが時間稼ぎは出来たが、沢本を蹴った反動で椅子が倒れる。
「もう、痛いなぁ……」
そう言って立ち上がりスカートについた埃を払いのける。
「そんな、怖がらなくてもいいんだよ」
沢本は不敵な笑みを浮かべながら、一歩一歩ゆっくりと時を刻むように小春に近づく。
「近づかないで……!」
死への恐怖で震えだす体はもう意思では止められない。
(怖い……怖い。私はまだ……死にたくない)
月夜に照らされた見慣れたいるはずの城島の顔は青白く、死神のように小春は見えた。
「死に……たくない」
消え入りそうな小春の声は震えていた。
迫る死に対する誰もが抱く生への執着。
「そっかぁ、小春ちゃんの魂はこの世から無かったことになるけど……小春ちゃんの過去、現在、未来は私が受け継ぐの。安心して。小春ちゃん自体の存在はこの世から無くなったりしないから」
生きていくのは小春の体と時間だけだ。
「あれぇー泣いちゃってるよ。そんな、怖い?」
溢れだす涙は地へと落ちてく。
身動きができない手では涙を拭うことも出来ない。
ただ、今までの14年間の時間が甦る。しかし、それは楽しい思いではなく“後悔”だった。その後悔とは保護者であるおばさんとおじさんを“母”と“父”として見れなかったこと。おかあさん、おとうさんとは長い時間をかけても言えず今この時まで他人行儀。
「ごめんなさい……」
そう、呟く小春に対して不思議そうに首を傾げる。
「ねぇ、どうして謝ってるのぉ? 小春ちゃんはなーんにも悪くないんだよ。悪いとしたら悲劇のヒロインになってしまって、その上この私に目を付けられた運命だよね」
(運命かぁ……その通りかもしれない)
「さぁ、安らかに眠ってよ」
勢いよく振る小刀の刃の残像はさながら流星みたいだと脳裏の片隅で考えた。今から自分は死ぬんだと認めればそこからは早かった。
目を閉じれば不思議と諦めがついた。
「キャッ!」
突然響いた場違いな悲鳴。おそるおそる目を開けると目の前にいた沢本の姿は無かった。
「……」
小春はいきなりの展開にフリーズする。
(えっと……)
ーー漸さん?
沢本は床に倒れ、小春に勝ち誇った笑みを浮かべる漸の姿がそこにはあった。




