始まり、始まり
電灯に照らされた住宅街の道にて。
悪魔の微笑みにしか城島の顔を見て固まってる小春はまさに蛇ににらまれた蛙のようだった。
「ったくもう、可愛いな小春ちゃん。そんな恐怖に染まった顔をして……。」
城島の容姿は極めて異質だ。小春と同様髪、瞳の色である。森林を連想させるような深い緑色だった。
手首は動かすこともままならない。
「大丈夫、安心して……」
城島の右手は小春の首へと伸びていく。
「っ!」
小春の小さな悲鳴をあげたがそれを躊躇することなく小春の首を掴む。小春の首にヒヤリとした感触をと同時に息が苦しくなる。
「ひ……う……っ」
次々と流れていく展開に頭の整理が追い付かず、段々と体の力が抜け意識が朦朧となっていくのを力なく感じていた。
(漸……さん……)
「まぁ、こんなとこ?」
城島の姿をした沢本華は小春をいわゆるお姫さま抱っこをし、闇へと消えていった。
「可愛いな……本当。もうすぐ私のものになるのね……あぁ、なんて可愛い私の小春ちゃん……みたいな。ヤバイ、私ただの変態みたいじゃん」
「……」
(えっと……なんだ。うん、分からない)
小春は酷く混乱した。何故なら硬い木の椅子に座らされ、腕は後ろで縛られ身動きがとれない状態だ。周りの景色が小春は危ない場所にいるよと言ってるみたいだ。
そう、かなり錆び付いたロッカー。割れた窓ガラスに壁から剥がれ落ちたポスター。その壁の所々コンクリートが人の手によってか砕け、骨組み部分の金属が見えている。
どうやら、だいぶん前に使われなくなったビル……廃ビルだろうとおおよその見当がつく。部屋は薄暗く唯一の光は窓から差す月の光だけだった。
「……」
(待て待て……確か……)
記憶を辿ることは短い時間だけですんだ。それと同時に小春は恐怖に襲われる。
(首を絞められて……落とされた)
小春には1つひかっかかった。
ーー何故、殺さず気絶で今、この場で拘束されているのか。
最近聞くことの多くなった不穏で身体中に鳴り響く心臓の音。
すると、一定のリズムで聞こえた足音。その音のせいで小春の体は金縛りにように固まった。
(来る……)
小春に襲ってる恐怖はただの恐怖ではない。今だかつてない……経験したことのない絶望が入り交じった恐怖であった。
「目覚める頃かなって思ってたよ。どう、気分は?」
(最悪……だよ。あなたのせいで)
まだ、そんな余裕がある自分に安堵しつつ、目の前にいる城島の姿をした沢本華を見る。沢本の後ろにしがみつくようにいる金髪の男の子。赤い目が小春をじっと見つめる。その結果により小春の恐怖を煽った。
(私……死ぬの?)
「まぁ、最悪だよね。私がその立場だったらもう狂ってるよ。小春ちゃん冷静ー!」
「なんで……なんでこんなことをしてるの?」
やっとのことで口を開いた小春ににやっと口角をあげた沢本。沢本は右手の人差し指をピンと立て顎に添える。
「知りたい? まぁ、知りたいよねー。どうして、こんな目にってね。泣きたいよね。あ、えっと簡単に言うと小春ちゃんが欲しいんだ」
普通なら、より困惑するだろうが小春はだいたい“小春がほしい”という意味を分かっている。ましてや、沢本が百合で小春の体を襲うという意味ではない。
「あれー? 反応の1つや2つあっていいでしょ。反応なしって辛いよー意外に。独り言でイタイヤツって言われんのーこれが。まぁ、小春ちゃんしかいないしいいけどね」
沢本は大変楽しそうに小春に話してるようだが、そんな無駄話をするほどの余裕を小春は持ち合わせてはない。
(どうしたら……)
人生でも一番と言っていいほどの危機をどう切り抜けるかということだけを酷い動揺のせいで回らない思考回路で模索中だ。
しかし、そう簡単にはいい解決案が見つからず無情にも沢本のお喋りと時間だけが流れていくのであった。
そして、ある人物だけを心のなかで呼び掛けるのである。
(漸さん……漸さん……助けて)
それでも、画面の中のヒーローみたいにタイミングよくヒロインを助けに来ないのが現実だった。
「では、本題に戻るね。小春ちゃんがほしいことは伝えたよね。今からすることはハッキリ言って私のためにある力を使って、私が楽しむことに意味があるの。だから、協力してね? まぁ、拒否権なんて存在しないけどね」




