強さの恐れ
町外れの森にて。
鈴音は酷い吐き気に襲われた。気を抜けば地面に嘔吐すること間違いなしだ。
「……」
鈴音が吐き気に襲われるのも無理もない。目の前には血の海が広がってるのだ。
「……」
10人もの人が血を流し、その中の何人かは泡を吹いていた。そして、血の海融かした場所に佇む一人の青年。
その青年は以前出会っていた。青白く輝く美しい月夜の時に。
「……」
青年の浴衣には返り血であるものがベッタリとこべりついていた。誰からどうみてもこの者達を殺ったは歴然だった。
今は誰も来る気配はない。朝方になればこの惨状が発見、町中にこの事が知れ渡るだろう。
「……」
この場を静寂とうっすらと霧が包み込む。
鈴音の膝は恐怖で笑い、瞳は恐怖の色に染まっているだろう。手足は木々が若葉に染まった季節に似合わない体温だった。
「おい」
唐突に破られた沈黙に鈴音は肩を震わせた。
「早く、帰れ。また野郎に襲われるぞ」
答えようとしても声が出ない。
「聞いてるのか」
ーー恐い
ーー違う!この人は私を助けてくれたんだ
心の中で分かっていても圧倒的な強さの前では恐怖が支配する。
この青年は、10人もの人を一人で片付けたのだ。歴戦の武将のように。味方だと分かっていても、恐怖を覚えていた。
「……」
鈴音がなにも答えないので催促をした。
「早く帰れ」
抑揚の無い声で鈴音に言った。
鈴音の足は竦み上がっている。鈴音もこの場から立ち去りたいが、体は言うことを聞いてくれないのだった。
雑草を踏み締めながら、鈴音に近づく青年。
「っ……」
鈴音は小さな悲鳴と共に気を失った。青年の慌てた声が聞こえたが鈴音の耳には届かなかった。
「……あっ」
目覚めて第一声はそれだけだ。目を開けた鈴音が見たものはここは……ということもなく、見慣れた木目の天井だった。
起き上がると頭がガンガンと痛い。思わず右手で頭を押さえつけた。しばらくすると頭痛は治り、冷静に考えた。
「どうしたんだっけ……っ」
不意に思い出した鈴音。目をパッと見開いた。
「そうだ……あの時……」
鈴音は何時ものように腕を振っていた。迷いはあったが続けることにした見よう見まねの練習。
その日は無心にになれなかった。頭の中は佐武郎のあの時の怒ったような声がリピートされていた。だから、気づかなかった。
「よぉ、ねぇちゃん」
振り向くとご機嫌なおとこたちが居た。
「こんな夜更けにどうしたの、おねぇちゃん」
語尾にハートが付く勢いだった。中年の男が言っても可愛さは皆無だ。気持ち悪さの威力はかなりあるが。
「……」
鈴音は無言だった。相手にしたらめんどくさいことになるのは分かりきっていたからだ。頭は冷静さを保っていたが体は正直で目視では分からないが微かに震えていた。男たちに舐められるように見られているのだ。12のガキでも二次成長を迎えている鈴音は酒に酔っている男たちにはさぞ、妖艶に見えていることだろう。
「ねぇ、聞こえた?」
鈴音はこの男たちを殴りたいほど、苛立っていた。しかし、それは無謀だと分かっていた。男たちは全員、刀を身に付けていたからだ。いくら酔っているとはいえ本職の彼らに見よう見まねのアマ中のアマが敵うとは到底思えない。
一人が鈴音に手を伸ばしてきた。反射的に後ずさる。すると、背中に人の体温を感じた。
ーー後ろにも‼……ってあれ?
「何してるんだ?」
ドスの聞いた低い声が響いた。
ーー月夜の時の武士だ
「チッ、邪魔すんなよ。あんたには関係ないだろ。」
「お前一人にその娘が守れないから帰った帰った」
正直、鈴音もこの人が大勢に敵うとは思えなかった。
「こいつは知り合いだから」
そう言って、鈴音の頭に手を置いた。突然のことに肩をびくつかかせる。仮にも守ってくれるとほぼ断言している人に失礼だと思い、頭1文以上違う身長の彼を見ると、小さな声で「安心しろ」言われたが、安心などできるはずもなくいつ斬りかかれるか分からないのだ。
「お前、殺されてもいいんだな」
「あぁ、殺せるならっ」
ーーえっ、嘘
後ろに投げ飛ばされたと思った、目の前に広がる戦場。立ち上がり、何もできるはずもなくただただ見守る形になってしまった。
ーーえっ、嘘
今度は、別の意味である。圧倒的に不利なはずの彼が男たちを斬っている。信じられない光景であった。
しばらく呆然と眺めてたらいつに間にか終わっていて、辺り見渡すと吐き気が襲うのも当然であった。
彼が、「帰れ」と言ってるが初めての惨状と圧倒的な彼の強さに怯える。何故と言われたら予想の範疇を越えてたからだと答える自信が鈴音にはあった。
ーー恐い
彼が何度もこちらに向かい言って近づく。
ーー無理
精神的に殺られてしまい失った。
で、今に至る。
鈴音は猛烈に後悔をしていた。なんせ、助けてもらった受けいに怯え、お礼さえ言っていないのだから。
「なにやってるの私……情けなすぎ」
ーー何のための練習!
あやふやだけど……
「どうやって帰ってきたのよ、私」
「鈴音は玄関前で寝てたのよ」
「!」
襖を開け、答えたのは母であった。とても冷めた目ーーあきれた目でこちらを見ていた。
「母上……」
「朝起きて、玄関開けたら鈴音が居たからびっくりしたわよ」
「ごっごめんなさい」
「どうして、外に居たの?」
「えっ……眠れなくて夜風に当たってたらうっかり」
苦し紛れのいいわけであるが背に腹は代えられない。喩えここで抜けてる判定を受けてもだ。
「そう、今度から気を付けるのよ」
「はい、母上」
「しっかりしてると思ったのだけど……」
ーーその先は言わないで母上。
精神的に辛いです。
不適更新まだ続きますがよろしくお願いします!
過去編もうすぐ終わります。




