昔の血
十年前にて。ーー小春当時四歳
「小春、起きろー。もうすぐ着くぞ」
三十代手間のどちらかと言えば色白男性が運転手席から後ろの席にいるフリルの付いたワンピースを着た幼い小春にに呼び掛ける。
眠たそうに目を擦りながらも起きた小春。
「あらあら」
小春の隣の席に座っていた、灰色のカーディガンを着た優しそうなこちらもまた三十代手間の女性がハンカチを取りだし小春の桜色の口の端に光ってるものを拭き取る。
「ありがとう、お母さん」
「いいのよ、小春のよだれくらい。家の可愛い娘のだもん」
優しく天使ーー女神のように微笑んだ。
窓から見える景色は緑一杯で、木々の間からは木漏れ日が幻想的だ。
「お父さんも混ぜてくれー」
「貴方ったら、ふふ」
旗から見ても幸せそうな家族。だったら、当事者の3人はどれくらい幸せなんだろうか?計り知れないが。
ーー正確には四人だが。小春の母ーー美智子にはお腹の中に3ヶ月の生命が宿っていた。
「小春は、妹がほしい? それとも弟?」
愛しそうに少し大きくなったお腹を撫でながら、小春に聞いた。悩むような素振りを見せて、キラキラと輝く笑顔をして
「妹がいい! 一緒におままごとして遊ぶの」
美智子の顔はほころび
「小春は妹がいいのね?」
「でも、弟でもいいよ」
「優しい子に育ってくれて嬉しいよ」
とわざとらしく、泣く振りをする父親。
「馬鹿親になってしまったわね、ふふ」
「美智子だってそうだろ?」
「あら、そう言えばそうね」
小春は、首をかしげ不思議そうに美智子に聞いた。
「お母さん、ばかおやってなに?」
美智子は幼児特有の甘い香りがする髪を撫でながら
「あなたのことをとっても好きってことよ」
「好き?」
「私もお父さんもあなたのことがとっても好きよ」
「小春も、お母さんのこと好きー!」
「おっお父さんは?」
「お父さんも好きー!」
父親はどこかホッとしたような顔をして、それに気づいた母親はクスり笑う。
ーーそんな暖かい幸せは突如終わりを告げる。
「ーーっ!」
父親の異変に気づいた母親は
「どうしたの?」
「ブレーキがっーー効かない! ぁ」
車に乗っていた3人は空を飛んでるかのような錯覚に陥る。
「小春!!」
母親は小春を抱き寄せ。小春はなにか起こったか分からなかった。ただいつもと違う焦ったような声の母親にただ事じゃないことが子供ながら分かった。
咄嗟に目をつぶる。一瞬の間をおいて走った全身への痛みと耳がつんざくような金属が擦れる音。
これを恐怖としてなんと言えようか。
目を開けると幼い小春でなくても衝撃的な光景が広がる。
「えっ……」
窓を突き破り入ってきた枝と前方の窓は砕け散っている。何より衝撃だったものは両親が血まみれだということだ。母親は抱き寄せていた力はなくなり抜けようとしたらすぐに抜けれた。
父親は顔から腰にかけてガラスが突き刺さり右腕が曲がらない方向に曲がっていた。
母親は足を伝い血がポタポタと絶え間なく流れ出している。母親はガラスが突き刺さっているが父親ほどでもなく、原因はお腹に子であることは明らかで流産をすればお腹の子だ毛ではなく母体にも命の危険がある。
「……お父さん!お母さん!」
何度も何度も呼び掛けても答えるものは誰もいない。
小春は小さな手で母親の肩を持ち力の限り揺らすがぐったりとして起き上がる素振りも、目を開ける素振りも見当たらない。
幼い子供である小春は泣きじゃくるしかない。
それからどれだけ時間が経過したか
「大丈夫か、生きてるか!」
と野太い男性の声が聞こえた。やがて泣きじゃくる小春を見つけ抱き上げ
「もう大丈夫だ、よしよし、よく頑張ったな」
それでも泣き止まない小春をみて困ったような表情をした。
気づくと、病院のベッドにいて、警察の優しそうな女性が両親が死んだことやこれからのことを聞かされた。
しかし、小春の頭のなかでは親が死んだことが理解しておらずまるで他人の話を聞いてるような感じだった。
きちんと理解したのは、里親の家に来たときだ。
それまでの小春は何もかも放心状態だった。まだ幼い小春は里親がすぐに見つかり、施設に行くことはまのがれた。
「……お父さんは?お母さんは?」
「小春ちゃん、これからは私たちが小春ちゃんのお母さんとお父さんなの」
「違う違う、私のお母さんとお父さん! はどこ?」
そんな話がしばらく続いた。
それからは常に敬語であり、一歩引いた距離を保っていた。
この距離は十年たっても変わらなかった。
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