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 廊下にて。

 

 小春が速足で廊下を歩く。

 ホームルームが始まるのか廊下から生徒が教室に入るのが見える。小春の異変に気づいた生徒が冷ややかな目線を小春に送る。

 (私は……っ)

 小春は下唇を噛み、拳を握りしめる。力をかなり入れているのか、血流の流れが悪くなり指先が白い。

 (良かった……連れてこなくて)

 何となくこんなことになりそうと感じた小春は漸に留守番させたのだ。漸は何か言いたげだったが、素直に聞いてくれた。

 何か察してくれたのだろうか……小春はそんな漸に感謝しながら家を出た。案の定この様だ。

 何段もの階段を上り進め金属のドアを勢いよくあけた。目の前に広がる少しの緑と住宅地と電柱。高い建物が無く遠くまで見渡せた。

 屋上だ。

 頬から流れ始める暖かな雫。それは間違いなく悲しみの涙。

 小春はフェンスに背中を預け膝を抱きよせ顔を埋めた。

 秋から冬に代わり始め肌寒い。

「っ……」

(私は何も変わってない……何も進んでない)

 漸との契約で少しだけ強くなれた気がしてた小春。本当に“気がしてた”だけだった。

 変われるのは漸に力を貰ってる間だけで小春自身は何も変わっていないことに気づいた自分の不甲斐なさ。

 城島に言われても何も言い返せない。正確には小春自身もそう思い始めていた。自分だけ助かったのか。5人の男子生徒の方がこの世の中の自分より確実に必要とされていたのに……どうして“自分だけ”助かったのか。苦しくて辛い。

 (あの時とまるで同じ……じゃない)

 小春は歴史は繰り返されるという言葉を思い出す。

 次から次へと流れ落ちる涙は、自分の弱さを表しているみたいだった。小春はいつも感じている孤独感と自分への怒りに押し潰され、心臓辺りがひどく痛い感じがした。心臓辺りの制服を左手で強く掴み、痛みに耐えた。

 そんなことで何も変わらないが小春にはなのもできない、耐えることしかできないのも事実。

 そんな中、フッと感じた人気(ひとけ)

「そんなことだろうと思った」

 ここ数日間で聞きなれた低く優しい声。

 小春は顔をあげなかった。きっと目が赤く腫れているだうと思ったのだ。

「……来てたんですか」

「さっきな……」

「留守番頼んだんですよ……」

「留守じゃなかったし」

 確かに、家には専業主婦であるおばさんがいるが。小春は屁理屈上手だなと思い一生言葉で勝てる気もしないとも思った。

「辛いか」

「……辛くないっと言ったら嘘になりますけど、辛いのは私だけじゃありません。私より辛い人は五万といます。このくらい、少し落ちつけば……平気です」

「涙声で言われても説得力ないのだが」

「ほっといてください……これは、私自身の問題です。」

 これは小春自身の問題。世の中の人々の平均の苦しみはいかほどかわからないが、小春は恵まれている。

 四歳時、山の麓にある話題のアイスクリームを買いに行く途中カーブに差し掛かり、ブレーキが効かず、ガードレールを突き破り木が密集しているところへ落ちた。しかしそれはほとんどの崖で、車が燃えないのは運が良かった。両親が交通事故で亡くなり幼かった自分は助かった。いくら幼児は体が柔らかく生存率が高いとはいえ、崖から落ちて生きていた。母親が守ってくれたというのもあるが。

 世の中には自分より辛い人はいる。大人の争いで巻き込まれた子供、両親が争いに行き帰ってこなかったかわいそうな子供、体の一部を失ったり、死んでしまったり。

 それに加えストリートチルドレンーーつまり保護者がおらずしょうがなく道で暮らし、盗みを働きやっとのことで食いつなげ生きている小春より小さな子供もいる。

 小春は、全然なつかない、お母さん、お父さんとも呼ばない他人の子をきちんと大事に思っている里親がいる。恵まれてると思う。その気持ちに答えなれないのは自分がいけない。

 ストリートチルドレは小春より寂しさも孤独感も上だということも分かるのだ。「なぁ、小春。何に辛いのか分かるがあえて言わないが、苦しみ、不幸の耐久度は人それぞれだ」

「違う……」

 小春は何十分ぶりに顔を上げた。

「違うよっ!私より辛い……ひ……とは」

 小春の目の前に広がる明度の低い紺色。小春は漸に抱きしめられていた。男と女の関係ではなく、子供をあやすように優しくポンポンと背中を叩かれ。

 そして、小春は気づく。漸に体温があったことを。

「小春」

 小春はビクりと肩を震わせる。

「小春より孤独感に苛まれている人はいるだろう」

 小春は黙って漸の言葉を聞く。

「よく考えろ。なんのいたずらか分からんが人は平等じゃない。テストの点数が悪くてこの世は終わりだというやつもいれば、失恋で自殺するものいる。周りは馬鹿馬鹿しいことだと笑うやつもいるだろう。それは、冷たいことじゃない。すべての人間が違うだけ。同じ人生を歩んだ者もいない。価値観も違うんだ。器量も違う。誰かより幸せ、誰かより不幸その考え方は否定はしない。でも」

 小春を離し、しっかり目を合わせ

「小春は今、辛いだろ」

「……っ」

 小春の目をしっかりと漸の目は捉えた。揺れ動く小春の瞳。

「……辛い……っ……どうして……私は……独りなのか……わからない……みんなの目が怖い……独りが怖い……いない誰もいない……おじさんやおばさんの気持ちに答えられない自分が……憎い……私に接してくれる人を疑ってしまう……お前は必要ないって思われてるような気がして……自分に優しく接してくれる人の思いまでも無下にしてしまう……弱い自分が……嫌い」

 一気に溢れ出す小春の苦しみを漸はだまって聞いた。

「そうか」

 優しい声に糸が切れたのか、子供のように泣きじゃくる小春を抱きしめ再び背中を一定のリズムで叩く。

 ヒクヒクと上がる肩は今まで我慢していたのかが伺えた。

「漸さん……ごめんなさい」

「そこはお礼じゃないのか」

「黙って受け入れてください……ありがとうございます……」

「よろしい」

 勝ち誇った顔をした漸の顔を見て

「……色々惜しい……」

「何か言ったか?」

「貶してました」

「ぇ」

 と小さな驚きが聞こえた。


 ギィィィと開けられた屋上のドア。

「……宮倉?」

 フェンスにもたれ掛かった小春の姿を見た小林。近くまで来ると眠っていることに気づいた。

 一定のリズムで寝息が微かに聞こえた。目尻には涙が浮かんでいた。

 (宮倉……)

 小林は、小春がクラスで孤立していたことはもちろん知っていた。気にかけるようにはしていたが、小春は人の輪に入るのを拒んでいた……怯えていたのかもしれない。

 小林には何があったかもわからない。小春が辛い目にあったのは分かる。助けられなかった、小林は力不足を感じながら親指の腹で閉じていた目尻の涙を拭き取り

「宮倉、起きろ。二時間目始まるぞ」

 そう呼び掛けると、ピクリと動かし小林の姿を見て驚いた顔をして

「ごめんなさい、今行きます」

 一瞬で目が覚めたようだった

「はぁ、保健室にいると思ったら、寒いところで」

「…うっ」

 申し訳なさそうに目尻を下げた。

 小林は小春の腕を掴み立ち上がらせ

「行くぞ」

「……はい」


 教室に入ると冷ややかな目線を送られた。興味なさそうにすぐ視線を逸らすものもいれば、小春と小林が一緒に入ってきたことに嫉妬の眼差しを送り続けるものもいた。

 (遅れて入れば良かった)

 眉目秀麗、頭脳明晰、運動神経抜群、おまけに小春にまで優しい少年のことをスッカリ忘れてた。

 小春は内心ため息をつく。

 モテない訳がない小林。


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