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朝起きたらモノクロだった。
天井も、壁も、時計も、枕も、服も外も机も、全部白黒。昔のテレビの世界に入り込んじゃったみたいな状態になっていた。
私はすぐさま飛び起き、モノクロの服に手を伸ばし、適当に着替える。一度身につけると服はもとの色に戻り、華やかなピンクのロングスカートがひらりと閃いた。
なんかよくわからないが、若さ故に順応性の高い私は、モノクロ世界を普通にスルーしてトーストを焼……こうとしたけどトースターが動かなかったのでそのまま生でかじりつき、軽く化粧をしてから外へ出た。
予想はしていたけれど、雀が空中で止まっている。明らかにホバリングとかじゃない。本当に全く動いてない。
このまま何かのCMが作れそうな空間を、ただなんの目的もなくぶらぶらしていると、ようやく動く人間を見つけた。
女の子。私と同い年くらいだろうか。髪は黒くて肩よりちょっと下くらいまである。真っ白ワンピで化粧もしてなさそうな、清楚系乙女って感じだ。
「こんにちは~」
「ああっ! こ、こんにちはっ」
ガチガチに緊張している。牛乳瓶みたいな丸眼鏡をかけてて、結構ウブな印象だ。
「何でしょうね、これ?」
「さ……さぁ。私も、よくわからなくて……」
もじもじしている彼女は、なんだか放っておけない雰囲気があってなかなかに可愛らしい。こういう子ほど、意外とモテたりするんだよね。
「他に誰かいないの?」
「あ……あの……じ、実は」
「あっれぇ、三人目?」
今度は短髪乙女がやってきた。背がすらりと高くピアスもしている。ジーンズのジャケットの下にドクロ柄の赤いシャツ。
「ああ、こんにちは~」
「うっす。もしかしてこれで全員?」
「ああ……あの」
清楚系乙女はもじもじしたまま、はっきり言わない。メタリック系女子はもどかしそうに顔を歪めていたが、すぐに顔色が変わった。
「あ~、いたいたぁ~。皆さんお集まりですかぁ~?」
今度はゆるふわ系天然女である。身長はそんなにないが、胸が……うん、負けた。
「おいあんた。何なんだこれは?」
メタリック系女子が、矛先をゆるふわ系天然女に変更させる。ゆるふわ系はほんわかと笑って、はにかみ気味に首をちょこんと傾げた。
「あなたたちはぁ~、同じ『もの』に『価値』を見出した~、ミラクルガールズなんですよぉ~」
「は? 何言ってんの?」
「だぁかぁらぁ。まずはそれが何なのかがわからないとぉ~、世界はこのまま止まったまんまなんですよ~」
緩い。そして遅い。せっかちそうなメタリック系女子はとにかくイライラしていた。
「そーだぁ。まずは皆さん自己紹介しましょうよ~。私はぁ、『時計屋』のアイっていいま~す」
アイ。名前だけの自己紹介か。私はすぐそう解釈し、苗字は告げず名前だけを口にする。
「私はももか。桃が香ると書いて、l桃香」
「あ、l茜といいます! ど、どうかよろしくお願いします」
「ふーん。私はl葵。よろしくな」
清楚系が茜ちゃんで、メタリック系が葵ちゃん。……なんか名前が似てるなぁ。名前だけの自己紹介が裏目に出たか。どうしよう。
「あ~、皆さん本当にミラクルガールズですね~! 全部色の名前が入ってますよ~」
えっ、と声を漏らす。言われてみれば確かにそうかもしれないけれど、でも私の名前はどちらかというと果物じゃ……。
「じゃ~あ~、このままだと色々紛らわしいのでぇ、レッドさんとぉ、ブルーさんとぉ、ピンクさんでいいですかぁ~?」
「ちょっと、何だよその戦隊ものみたいな振り分けは!」
「え~? だってぇ、いいじゃないですかぁ~」
というかピンクだけ異様に浮いてる気がするんだけど。私ハブられてる?
「ところで皆さ~ん。皆さんはぁ、最近何かありましたかぁ? こういう現象ってぇ、最近ワケありなことが起きた人にぃ~、よく起こるんですよぉ~」
ワケあり、と言われても。私は至って普通の生活を送るしがない高校生ですが。
他の二人も全く心当たりがない様子である。アイは困ったように頬に手を当て、首を傾げていた。
「困りましたね~。ワケありじゃないなら~、自分の問題にまだ気づいてないってことなんですかね~?」
問題に、気づいてない?
「あっそうだぁ~。最近何か変わったことありませんでしたかぁ~? なんでもいいですよぉ~、嬉しかったことでも、なんでも~」
嬉しかったこと。それを言われた途端、私を含めた全員が顔を上げた。
「それはあった! 最近私彼氏ができて」
「あっ、それ私もだよ!」
「わわ、私も恋人が……あれ?」
全員顔を合わせる。アイはニコニコしながら固まっていた。
まさかとは思うけれど。……いや、まさか、ねぇ。
「い、いやぁ~! あ、あるわけないっすよそんなの! なぁレッド」
「そ、そうですよね! そんな話があるわけが」
「あー!! 良かった人がいたぁ!!」
聞き覚えのある声に思わず首を回し、ぎょっとする。レッドもブルーも同じ反応だ。アイだけは凝り固まった笑顔のまま回れ右してたけど。
「いやぁ良かったぁ! 気付いたら周り何故か止まってるし何故か白黒だし? しかも全身金色に光ってるし何これ怖……って、あれ? どうしたの?」
文字通り、全身が金色に輝いている長身イケメン風のゴールドマンは、私たちの顔を見てきょとんとしている。
この様子だと……覚えてないのか、こいつは。私たちを。
「……よお佐藤くん? お前一体何人女引っ掛けてんだ?」
「え? な、なんで僕の名前……」
「佐藤くん……私の告白、OKしてくれましたよね? LINEもしましたよね?」
「あ……ああ、君は眼鏡の子か! ええと、あ、葵ちゃんだっけ?」
「茜です」
「葵は私だ」
喋れば喋るほどどつぼにハマる。そうか、こいつ……女を軽く見てるんだ? だから覚えてないのか。
「……ねぇ、佐藤くん? ちなみに私はわかる?」
「も、もちろん!」
「じゃあ名前言えるよね?」
「え? ええと……新井さん?」
私は何も答えず、背中しか見せてくれなくなったアイに視線を送った。
「世界を元に戻すにはぁ~、その佐藤って人をボッコしちゃえばいいんですよ~」
「「「ありがとう」」」
アイに対する礼だけではなく、その直後の関節を鳴らす音も全てハモった。
結成。恋人戦隊ウラミンジャー。
「あ……ちょっと待って、これには色々とわけがあって」
「「「歯ァ食いしばれぇ!!」」」
その時、私は思った。
女三人集まったらl姦しいのではない。l逞しいのだ、と。
それはもう、大の男を一撃で吹っ飛ばす威力があるくらい、ね。