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「これより、時計屋研究会総会議を開始する!」
翌日の部活は平常通り行われた。
黒板代わりに用意した新品ノートを広げ、チョーク代わりのシャーペンと一緒に机のど真ん中に置く。それを私たち三人が取り囲む形で着席した。
「私の独自の調査でわかったことはこの3点。ひとつは、人が世界を止めているのではなく、もともと時間の止まった世界に迷い込んでいたこと。
もうひとつは、彼らが戦時中の人間であること。
更にもうひとつは、彼らは自分が何者か完全には理解してないこと。以上3点」
シャーペンをサラサラ走らせながら喋ると、黒魔術の本を読み漁っていた五反田くんの眉がピクリと動いた。
「理解してない、だって? 自分が何者かもわからないというのに、わけもわからず『時計屋』をやっているというのか?」
早速なりきりモードになっている。面倒だからスルーしとこ。
「そう。でもそうするのにはちゃんとわけがあって」
「待て椎名。そもそも貴様はどこでその情報を仕入れたのだ?」
「……本人たちから聞きました」
一瞬隠すべきか迷ったものの、そもそもこの会合は「時計屋」について研究している人間のみが集まっているんだ。そういうものの存在を信じていることを大前提としているのだから、明かしたところで問題はない。
しかしそれに一番驚いていたのは五反田くんではなく犬飼くんの方だった。
「待って澄麗! ということは君は二度も『時計屋』に会ったということか!?」
「あ、いや。三度……いや、二度? まぁ、複数回会ってるのは間違いないや」
そう言うと犬飼くんは、私を心配そうにじっと見つめていた。
ああ、そっか。「時計屋」に会うというのはつまり、そういうことだった。
「澄麗。また何かで悩んでたのか……?」
「ああ、いや、そういうわけじゃ……ない、ような?」
そもそも私、どうやって会ったのかよく覚えてないし。誰かに導かれたような気もするけれど……。
「フッ……つまり方法さえ見つかれば、『時計屋』に会えるということだな……」
「え? 五反田くん、『時計屋』に会いたかったん?」
「当然だ。でなければ、このような下賤な会合になど顔を出さぬ」
その下賤な会合で安っぽいマント羽織って気取った顔してんのはどこのどいつだよ。はたから見たらあんたただのコスプレイヤーだよ。
「どうでもいいけど五反田くん。いい加減そのキャラやめたら? 見てて痛々しいというかなんか腹立つんだけど」
「貴様ら下等生物に何を言われようと私の知ったことではない」
「今回の定期テスト合計点、私495点。あなたは?」
「……388点」
はい、可もなく不可もなしな点数でしたね。
「下等生物に負けてんじゃん」
「……僕だって……ちゃんと頑張って勉強したんですよ……グスン」
「泣くなし」
可愛い過ぎかアホ。これが五反田くんじゃなくて犬飼くんだったら良かったのに。
その犬飼くんはというと、メソメソしてる五反田くんの背中をぽんぽん叩いて優しく慰めていた。
「まぁ、世の中色々あるよ五反田。明日は泣くだけ泣いて明後日また来いな」
「え? 明日なんかあるん?」
五反田くんは相変わらず泣いている。泣きすぎだろ。
本人がそんな感じなので、クラスメートの犬飼くんが代弁者として名乗りを上げた。
「ついさっき、五反田の身内が亡くなったって報せが入ったらしいんだ。いつどうなってもおかしくない状態だったらしくて」
「あぁ、そうなんだ……よっぽど仲良かったんだね」
「ああ。明日の通夜には絶対参列したいってさ」
身内の不幸で学校を一日だけ休む、か。日数からして、少なくとも祖父母ではなさそうだ。となるとその他親戚……。
「じゃあ、傷心の五反田くんのためにこれにて解散ーー」
「いや待て、劣悪種共よ。私はまだ生きている!」
痛々しい様相で痛々しいこと言い出したよ。劣悪種とか何様だ。
「いやいや無理しなくていいよいろんな意味で。五反田くんは早く帰って明日の準備してってば」
「貴様程度の人間が気にすることではない。それよりも『時計屋』の情報について詳しく検証しようではないか」
こんにゃくに執着するカエルみたいにこの場を離れようとしない五反田くん。何これ怖い。
明日は親しい親戚の通夜があるはずなのに何この妙にイキイキした感じは。
「……全く。仕方ないわね」
面倒くさい。
率直に素直に、そう思った。