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7 少女人形の最期、そしてGは不本意ながらも党(パーティ)に加わる

 何処から発射されたのだろうか、その光線は、建物の中から撃たれたものではなかった。角度が違う。全く予期しなかった方向だ。

 他の局員かとも思われたが、その気配もない。

 全くそこには気配が感じられなかったのだ。

 だがそんなことを考えている場合ではなかった。彼はすぐに倒れた少女の身体をエレカに積み込み、同時に発車を促した。


「このまま港まで行くぞ」


 キムはそう告げるとアクセルを踏み、スピードを上げた。

 扉の無いエレカには、この都市ではありえない、不快な程の風が音を立てて入り込んでくる。

 少女人形は正確に胸を打ち抜かれていた。それで即停止すると言う訳ではないが、修理はこの場では難しいことも一目で判る。

 血の一滴も出る訳ではない。その傷口から見えるのは、先刻彼女が直した車と同じような回路やコードばかりだった。ぱちぱちとそれらがショートして生まれる火花が、線香花火の最後の輝きにも似ていた。


「ごめんねG、あたしあと五分で停止する。言わなくちゃならないことたくさんあったのに」


 少女はそれまでと違い、妙に抑揚を欠いた声で、目を閉じたまま、それでも彼女の恋しい男に向かって語りかける。


「そんなこと言うんじゃない! 君のタイプは、データバンクだけでも引き出せば蘇生できるじゃないか!」


 少女は真っ赤な目を半分開けて、首を横に振った。


「駄目よ。あたしのデータバンクにはFMN系が入り込んでるもの。開けてはいけないの。そう言われてるの」


 誰から、と考えてGははっとした。


「だから、ここ以外では絶対に、開けてはいけないの」


 ルビイは繰り返す。彼はその意味がやっと理解できた。


「…」

「笑い猫のお兄さん、そうでしょ?」

「…ああ」


 普段の彼からは想像もできない程、暗く重い声がGの耳にも入りこんできた。


「だから置いていってねG。ねえキム、あれも置いていって」

「あれ?」

「ああ、判ったよ」


 あれって何だ、とGは一瞬聞きたいような衝動にかられた。だが、そういう雰囲気ではなかった。

 港に着いた時、それでも少女の意識はまだあった。キムはポケットから何やら黒いキューブを取り出すと、少女の手に握らせた。少女はそれをぎゅっと握りしめた。


「早く行って。時間が無くなる」


 そうだな、とキムはエレカから降りた。Gはなかなか立ち去りがたい自分を感じていた。


「早く行って」


 少女は重ねて言う。それは絶対の命令のように。


「ルビイ」

「さよならG。楽しかった」


 そして真っ赤な目は、それだけ言うと、自分からその光を閉ざした。


「行くぞ!」


 キムはむんずとGの腕を引っ張った。一瞬バランスを崩しそうになったが、まだ若いテロリストは素早く体勢を立て直した。



 港では三人の、軍警の姿をした者が待っていた。Gはその顔ぶれに一瞬身体を固くした。


「あんた達は」

「説明は後だ! キム、何分後だ?」


 中佐が叫んだ。キムは時計を見る。


「あの時――― だったから、あと13分。それでも一番俺の持ってるのでは一番長い奴だったよ」

「ごたくはいい。中へ入れ。出発する」


 後の二人もまたうなづいた。

 その三人も、Gにしてみれば、一人が伯爵なのは判った。だがもう一人の長い黒髪の麗人が判らない。


「何やってんだよ、早く!」


 キムは何かに躊躇しているような彼に向かって怒鳴った。


「あの人は?」

「蒼の女王だよ」


 短くキムは答えた。

 そう言えば、そうだ、と彼は思う。あの豪奢な蒼の衣装がないとこうまで印象の変わるものか。


「そして、我々『MM』の盟主でもある」


 走りながらも、それでも穏やかな伯爵の声に、Gは耳を疑った。

  

   *


 少女は最後の瞬間、つぶやいた。


「ありがとう女王さま。あたしに素敵な時間と大きな棺をくださって」


   *


 出発した船からも、その爆発は判別できた。

 その爆薬は、ドーム都市の外壁に傷を付ける様な威力はなかったが、発色物質を込められていたので、爆発の瞬間大きく花開いたのだ。


「こういっちゃ何だが、判りやすいな」

「でしょう?」


 中佐とキムは並んでその光景を見ながら、実に素直な感想を述べていた。

 脱出した船のブリッジのスクリーンには、先刻飛び立ったばかりのグラース市が一面に映されていた。そしてそこに居る者は皆、平然として思い思いの感想を口にしている。

 一人をのぞいて。

 Gはそれを見ながらも、ひどくやるせない気分が胸の中に広がるのを感じていた。

 彼は気付いていた。FMN種を抱え込んだ少女機械は、そこで破壊されるために送り込まれていたのだ。確かに主要部分にナノマシンが入り込んでいたならば、機能停止するのは時間の問題だったろう。だけど。

 そこまで考えて、彼は苦笑する。前を行く者が計画に邪魔なら、人殺しも平気だった。あの秘書機械を壊すことにもためらいはなかった。なのにまだそんなことで胸が痛む自分がいることが奇妙におかしかった。


「そろそろ言ってくれても良いと思いますが」


 彼は口に出した。

 ブリッジには彼ら五人以外の人間は存在しなかった。捕獲した「無関係者」は眠らせてポッドの中に閉じこめてあるし、下部構成員達は別の船で脱出しているという。


「何を?」

「この悲劇のもう一つの目的ですよ」

「目的など、下部構成員に必要なかろう?」


 鞭を片手に、もう片方の腕をキムの肩に乗せて、中佐は気怠そうに笑いを浮かべる。置かれている側の連絡員は、何ごともなかったように、陽気な笑いを顔に浮かべている。


「だったら僕も向こうの船に乗せればよかったんです。わざわざこっちに乗せる必要はないはず」

「まあそれはそうだな」


 くっくっく、と中佐は笑う。


「いい加減言ってやんなよ。ナーヴァスになってるのよ、こいつ」


 やんわりとキムは誰にともなく口にする。その言葉は事実だった。Gは唇を噛む。事実というものは時には一番人の心に突き刺さるのだ。


「言ってもいいですかね」


 中佐は腕を下ろすと、ふらりと蒼の女王に顔を向け、問いかける。艦長席にゆったりと腰を据えていた盟主は、いいだろう、と言った。

 それは明らかに男の声だった。外見とは完全に違和感があるが、確かに男の声だった。

 Gも地下放送で時々耳にしたことのある、あの声だった。Mという、何処かの民族の古い神と同じ暗号名で呼ばれる、彼らの盟主の声だった。


「つまりなあ、これはお前のテストも兼ねていたんだよ」


 中佐はGの方へ向き直った。


「テスト?」

「ああ。最高幹部としてのな」


 冗談! と彼は反射的に口に出していた。


「冗談ではない」


 盟主Mの抑揚のない声が会話を引き取った。Gは引っ張られたようにMの方に身体ごと向いた。


「冗談としか思いようがありませんよ」

「何故だ?」


 あくまで変わらない口調。それが彼を思わずむきにさせた。


「経験が無さ過ぎます。所詮僕は、まだ活動を始めてほんの僅かな時間を過ごした下部構成員に過ぎないじゃないですか!」

「お前は自分の資質という奴を知らない。資質を持った奴がそれを生かさずに安穏としているのは罪悪に等しい」


 間髪入れず告げられた真実に、ぐっ、と彼は言葉に詰まった。そしてその後を中佐が続けた。


「いずれにせよ、お前に選択の余地はないんだよ?下部構成員としては知ってはならないことをよぉく知ってしまっているからな」


 そしてくくく、と再び中佐は笑った。


「知ってはならないこと?」


 訝しげに彼はそこに居る幹部達を見る。そうだ。これは幹部なのだ。それも最高の部類の。あの連絡員の顔をしているキムにしたところで。

 中佐は手にした鞭で自分自身を指す。


「あいにく俺は本当に軍警中佐なんだよな。名前は本物ではねえが」


 そして通信席に座っていた伯爵は、くるりと椅子を回し、指を優雅に組むと微笑する。


「私は正当なる帝国の伯爵だ。まあどんな伯爵かは非常によく変わるが」

「俺はただの平凡な一市民だよーん」


 へらへら、と笑いながらそう言うキムの言葉には、さすがに何処がだ、と思わずGは頭を抱えたくなった。

 Mはそんな彼を見ながら、変わらぬ口調で再び彼に話しかけた。


「至る所に、我々の悪意を蔓延させ、それを悲劇として成就させるために、我々はそれぞれの地位と位置を利用している訳だ」

「…」 

「それは決して知られてはならない。だがその状態を楽しめなければならない。そしてお前にはその資質がある」


 彼は思わず息を呑んだ。


「あいにく我々は、自分達の行動を正しいなどと考えてはいない。そんな傲慢は身を滅ぼす元になるだろう」

「だが俺達はそうと決めてこの集団に参加してしまった。目的を持って走り出してしまった。だとしたら、今更綺麗事なぞ言えないだろう?」


 彼はうなづいた。


「それにお前は、既にこの活動を楽しんでしまっている」


 それは決定打だった。


「僕は…」


 彼は反論を試みようと思った。反論したい、と思った。

 だがそれは口に出す前に彼の中で霧散した。

 それは事実なのだ。


「忘れるな。お前は既にそれを楽しんでしまっているんだ。今更どの面さらして善意だの良識だの中に帰れると思っている?」


 中佐の言葉は彼に深く突き刺さった。帰ろうなどと、思ったことはない。

 だけど、帰ることができる、と心の片隅で考えていたのは確かだ。


「そんなの無理だね」


 キムはひらひらと手を振り、陽気にきっぱりと否定した。


「お前自身がそうなりたがっているのさ。お前が気付かない振りをしていてもね」


 彼らの言葉を否定することはGにはできなかった。

 今回の任は、それまで彼が実行してきた作戦より、明らかに厄介だった。だがそれを楽しんでいる自分が、確かに存在したのだ。

 少女人形は言った。あなたいい顔してるわ。

 訳の判らない状況が。そしてその状況を打破するべく動くことが。危機対処が。そして破壊が。

 例えそれがある種の悪意によって動かされ、結果的に悲劇と化したとしても!

 自分は、結局、それを望んでこの集団に身を任せているのだ。それを楽しんでいる者に、善意とホームドラマの中に帰る資格はないのだ。

 そして帰る気はないのだ。


「僕に何を望んでいるのです?」


 GはMに向かって問いかけた。盟主はゆっくりと艦長席から降りてきた。その足どり。衣装は違っても、確かにあの蒼の女王のものだった。


「大したことではない。悲劇に携わることなど、いつだって大して変わるものではない。たた悪意を構想するのは、我々だ。その一端を担うものとなれ。それだけだ」


 そしてその口から漏れるのは、あの放送が流す、絶対の命令。


「悪意の構想」


 彼は口にしてみる。


「そうだ、悪意の構想だ。そして悲劇の立役者となるのだ」


 それはGにとって、ひどく厄介に感じられた――― が、同時にひどく魅力的に感じられたのも事実だ。

 いずれにせよ彼に選択権は無い。この何処にも気配を感じさせない彼らは、拒否したと同時に彼を抹殺するだろう。分かり切っている。

 そして彼は死ぬ気はさらさらなかった。

 苦痛も快感も、生きてこそあるのだ。


「わかりました」


 はっきりと彼は答えた。

 にやりと中佐は笑い、すっと手を上げ、なめらかに手をひろげ、やや芝居かかった声を立てた。


「ようこそ我らがパーティへ」


 それはあの道化師の動きだった。


   *


 ―――辺境の温室惑星ブルーム特別高等警察局が、隣星の同局の通信が途絶えたことを知って調査隊を向かわせた時、そこには第二の「泡」の悲劇があった。

 FMN種の生物兵器の生存反応が認められなくなった所で調査に出向いた隊は、そこに市街戦の形跡を見た。

 彼らは生物兵器の拡散源を捜していてそれを見つけたのだが、そこには爆発の跡があっただけだった。


 なお、「外」側に居住している者には、被害は全くなかったという。

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