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5 ルビイはGに本当のことを話す

 局長は秘書の反応が消えたことを知ると、次の行動を起こした。用意しておいた機動隊を駆使し、ホテルの周囲を静かに包囲した。

 無論、全部隊をそこに向かわせた訳ではなく、周辺地区にもやや薄手ではあるが包囲網が敷かれていた。


「悪くはないんだがねえ… まあ」


 小型の電気自動車のボンネットにもたれ、シガレットをふかしながら朱い髪の佐官は公園の丘の上から包囲網を眺めていた。


「奴は当の昔にこんな所抜け出しているとは思うけどな」 

「だろうな」


 そう言って長い栗色の髪の連絡員は中佐から煙草の火を受け取った。


「それでキム、この都市の下部構成員達の動きはどうだ?」

「上々だな。周辺から『無関係者』の捕縛が進んでいるよ。そっちはどうだ? あんたの上司のその上司、は上手く落ちたの?」

「別にわざわざ陥れてやる必要もねえよな。ああいう輩は、情報の寸断程度で、単純に罠にかかる」

「可哀想にねえ。よりによってあんたの上司になってしまったんじゃ」

「運が悪かったんだよ。俺のせいじゃねえ」


 当然のことのように言う相手に連絡員は肩をすくめた。


「運が悪いといや、ここの特高局長。あれもそうだよな。俺は時々あんたを敵に回さなくて本当に良かったと思うぜ」

「当たり前だろう?」


 けっ、と吐き出すように言うと、キムはエレカに乗り込んだ。


「あんたは?」

「我らが盟主にそれなりの衣装を調達しないといけないしな」


 そしてちょいちょい、と顔を出させると、中佐は彼に濃厚なキスをした。


「こういうところでするか?」

「そういう気になってしまったんだよな」

「好き者。だけど今は時間が無いんだけどなあ」

「それは残念」


 何処まで本気だか、とつぶやいてキムは窓越しの愛人の顔を押しのける。 


「それにしても奴もタフなこった。あの殺人人形とやるには、結構な体力が要ったろうに」

「ふん、学生はたまには苦労すべきなんだよ」


 冷たいこと、とキムは陽気に笑った。


   *

 

 局長は執務室にて報告を待っていた。

 たかがテロリストの一人くらい、この局の総力を上げて追い詰めればすぐに取り押さえることができると思っていた。思いたかった。

 何せこの都市は閉じている。広大な宇宙空間で見失った訳ではない。人海戦術で落とせるはずなのだ。

 もしもまかり間違って、ここまでやってきたとしても、全くの丸腰という訳でもない。それにここには人質が居る。

 まあこの局長のやり方もそう間違いではない。

 だがそう筋書き通りにいくようだったら、誰も苦労はしない。運が悪かった、とキムが言う通り、この局長は実に運が悪かったのだ。

 この特別高等警察局という組織に居るにしては、実に単純極まりない人物は、望んでここに赴任した訳ではない。彼という人間のキャリアの終着点として、たまたまその時期、そのポストしか行き場所がなかった。それだけのことなのだ。

 ただこれまで、それでも彼のなけなしの運は、この避暑地に何の政治的事件も起こさないでいてくれた。だがどうやら、その運も尽きたらしい。

 無論そんな事情など、Gの知ったことではない。その頃彼は、既に特高局の内部へと入り込んでいた。

 局内は空、とまではいかないが、手薄であることは事実だった。彼は最初の一人を倒すと、そこで銃を手に入れた。

 それでもなるべくは無用の血は流したくはなかった。手間だってかかる。彼は人目を避けた。それが例え生体機械であっても、だ。

 ところが、局長の執務室のある最上階で昇降機の扉が開いた時、見事な身体つきの女性が立っていた。

 見たこともない端正な姿形をした彼の姿に、一瞬彼女は見惚れたが、すぐに彼の手にある銃に気付いて、ため息ではなく、悲鳴を上げそうになった。

 そういう時の彼の反応は冷静かつ沈着だった。


「お静かに」


 Gは素早く彼女の背後に回り、豊満な身体を強く抱きしめ、頬に銃を押し当てながら低く甘い声で囁いた。


「女の子が連れて来られている筈だ」

「…し、しらない…」


 女性は耳元で囁かれる声に、くらくらとしながら答える。


「それもいいさ」


 彼はぐっと銃を突きつける手に力を込めた。頬骨に当たる分厚い金属の感触に、脂汗が彼女の額や首筋からだらだらと流れ出した。


「…は、離して…」

「正直に言えば、殺すつもりはない」

「…言うわ」


 他の選択肢は実際彼女にはなかったろう。


「では案内しろ」


 

「ああサンド!助けに来てくれたのね!」


 少女はその深紅の瞳をきらめかせて飛びついてきた。

 案内してきた女性は、やっと悲鳴を上げることができた。その声の大きさに少女は呆れて耳を押さえた。さすがにそれを止めることは彼もしなかった。気が済むまで叫び倒した女性は、弾かれたようにその場から逃げ出した。

 その様子を冷静に見ながらルビイは、目を輝かせて彼を見上げた。


「手荒なことしたの? やあね、男って」

「それはないだろう? とにかく俺は君を連れ出さなくてはならないんだ」

「ああら、伯爵はあなたに依頼なんか結局しなかったでしょう?」

「伯爵は問題じゃない。これは僕の仕事だ」

「そう。あなたの仕事なのね、Gさん」


 彼は再び自分の本名が音声にされるのを感じた。


「家庭教師なんかより、今の方が絶対あなた素敵じゃない」

「君は嘘をついていたね?」

「何度も言ったでしょう、G。あたしは嘘は言っていないわ。聞かれなかったから言わなかっただけよ」


 ああそうだね、と彼は苦笑した。確かにそうだった。 


「ねえ、いつ気付いたの?」

「『泡』の事件を検索している時に。君は拾われたと言ったよね。―――そしてそれも確かにそれも本当なんだね」

「そうよ」


 少女は真っ赤な瞳に会心の笑みを浮かべた。


「生体機械――― ルビイ型」


 彼女はうなづいた。


「だってあたしはそうでないとは言っていないわ。聞かれたら答えたわ。あたしはそういうものだもの。それにあたし言ったじゃない。あたしが大きくなる日はないんだって」

「蒼の女王は、それを知っていて?」

「当たり前でしょう?」


 生体機械の少女はうなづいた。彼が引っかかっていたのは、そもそも最初からだった。

 少女の赤い瞳。ルビイという名を聞いた時から、既に引っかかってはいたのだ。

 生体機械には様々なタイプがあり、その容姿や性格は、用途によって変わってくる。

 ルビイ型というのは、少女型データバンクの名前だった。


「でもね、あたしが惑星『泡』に居たのは偶然だったのよ。その時のあたしの持ち主は、そこで休暇を過ごす富豪の一人。孫のふりをしてその地の機密を色々『見て』きたの」


 どんな状況なのか、彼には容易に想像できた。


「そしてその時に、例の事件に巻き込まれた?」

「ええ。でもあのわすれなぐさの拡散は、結局は失敗だったのよ」

「失敗?」

「実験自体はするつもりだったらしいけれどね、あなた方の組織も。そしてあなた方『MM』はあれを限定された空間で広めることを目的としていた。だから、それだけなら、まあいいわね。ただの事故で済ませられるかもしれない。だけど本当の事故が起こったせいで、ややこしくなってしまったわ」

「本当の事故」

「FMN種と一緒に、人間の攻撃性を増加させるのを目的とした向精神薬が撒き散らされてしまったのよ」

「じゃあ、あの騒乱は」

「要するに、『MM』の手落ち。だってあそこで彼らはそんなことさせるつもりじゃなかったんだもの。あそこで騒乱起こしたって何のメリットもないわ」


 確かに、と彼は思った。

 この類の集団にとって、行動に倫理はさほど問われない。その一貫した主張と矛盾さえなければ。

 だが行動の失敗は重大である。

 おそらくその「騒乱」は「MM」の文脈から外れるものだったのだろう。だとしたら、そこに多少なりとも関わっていた、という痕跡を残してはいけない。


「あたしはその模様を一部始終見ていた。全て見ていた。誰がそれを誤って落としたか、から結果として何が起こったかまで見ていた」

「誰かにそれを話したかい?」


 少女は首を横に振った。そしてにっこりと笑う。


「いいえG、あなたが初めてよ」


 だろうな、と彼は思った。

 このタイプがデータバンクとして愛好されるその第一の理由として、特定人物以外への機密の完全なる保全があった。

 気紛れに見えて、彼女なりのモラルは存在している少女機械は、彼女が決めた主人以外には、決してその目で見た機密を口にしないのだ。

 主人を無くした少女機械から情報を手に入れるのには、彼女に気に入られるかどうか、それがもっとも重要なことなのだ。


「蒼の女王があたしを拾って下さった時に、何か聞かれるかと思ったけれど、あの方は何も聞かなかった。あの方は判っていたのね」

「だけど君は僕には喋ってくれるのか?」

「だってあたしはGが好きよ。だから何でも喋るわ。訊ねて。あたしに何を聞きたい?」


 少女は近付くと、袖を掴み、彼の顔を見上げた。彼はひどく当惑した。訊くべき内容など、彼自身には全く無いのだ。


「君の元の持ち主はSERAPHの一員だったのか…」

「ええそうよ」


 少女は独り言のようなGの問いに、反射的に答えていた。唐突に、彼はひどくやるせない気分に襲われていた。少女の目にはわくわくしている様子が隠せない。


「とにかくここから出よう」


 彼は少女を左の腕で横抱きにした。持ち上げられた猫のように、少女は両の手足を軽く丸めた。


「何も訊かないの?」

「そういうことは、出てからだ」


 そうだ、出てからだ。彼は元来た道に足を踏み出した。



 部下の連絡を待っていた特高局長は、その瞬間立ち上がった。そして、青ざめ、息も絶え絶えになっている部下の女性が執務室に転がり込んでくるのを見て、思わず声を荒げた。


「どうしたのだ、グリューネ君!」

「きょ、局長、申し訳ありません、あの少女を…」


 彼は豊満な身体の部下に近寄ると、両の肩に手を置いた。普段なら決してしないことだ。そんなことしたら、セクハラだと怒鳴られるのがいい所だ。だが彼女はそんなことに構ってはいられないらしい。茶系のストッキングは素晴らしくぱっくりと伝線している。


「あの少女がどうかしたのかね」

「あ、あの少女の居る部屋は何処かって、私、訊かれて… あの、男に脅されて…」


 先程叫びすぎたせいだろうか。声がかすれていた。


「脅されて? グリューネ君それはどんな」


 その時、ベルの音がけたたましく鳴り響いた。局長を直通で呼び出すコール音だ。床にべったりと座り込んでいる部下は気にはなったが、そんな場合でもないらしい。何か変化があったのか、と彼は受信のボタンを押した。


「どうした!」

『…大変です! テロリストが正面玄関から突入してきます!…うあぁぁぁぁぁ!』


 連続する弾丸の発射音が鳴り響いた後、あっけなく通信は切れた。


「…き、君の言おうとしたのはこれかね?」

「ち、違います… 私の出会ったのは、もっと…」


 ぽっと彼女の顔が赤くなる。伝えられているテロリストの容姿を思いだし、苦々しく思う。局長の眉が大きく歪んだ。


「いえ、そうではなく、私が出会ったのは、一人でした! 武器も銃一つで…」

「武器なぞここで調達すればいいのだろう」


 ちっ、と局長は舌打ちをすると、自分のデスクから護身用の銃を取り出すと、エネルギーの有無を確認した。どうやら体面わ気にしている場合ではないらしい。


「わ、私は一体どうすればいいんでしょう!」

「逃げろ!」


 確かにそれは的確な命令だった。部下のグリューネ嬢は、いち早く立ち上がると、おぼつかない足どりながらも、エレヴェーターへと向かっていた。

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